辻元清美の学歴と経歴|出身大学高校や中学校の偏差値|極貧生活を経験していた

 

政治家の辻元清美さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。論客として知られる辻元さんですが、実は小学校時代は極貧生活も経験していました。学生時代のエピソードや情報、若い頃のかわいい画像なども併せてご紹介いたします

 

辻元清美(つじもと きよみ)

 

 

1960428日生

 

奈良県出身の政治家

 

以下では辻元清美さんの学歴や経歴、出身高校や大学の偏差値、高校時代や大学時代のエピソードなどをご紹介していきます。




 

経歴/プロフィールの詳細

 

1996年に社民党の党首だった土井たか子の勧誘を受けて、衆議院議員選挙に比例区で出馬して初当選。 

2000年の衆議院議員選挙では小選挙区から立候補して再選。

2002年に秘書給与流用事件により逮捕され、衆議院議員も辞職。 

2004年の参議院議員選挙に無所属で立候補するも落選。

2005年の衆議院議員選挙に社民党から出馬して当選し国政に復帰し、以降は野党の論客として鳴らす。 

2010年に社民党を離党して民主党入り。

2016年の民進党の立ち上げにも参加したが、20179月に民進党が事実上の解党となり再び無所属となる。 

201710月の衆議院議員選挙では、立憲民主党から出馬して当選。

 

辻元清美の学歴~出身大学の詳細

 

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出身大学:早稲田大学 教育学部 偏差値65(難関)

 

 

 

 

辻元清美さんは高校卒業後は大学に進学せずに、デパートに販売員として就職しています。

 

どうやら大学進学の学費を貯めるためだったようで、2年後に早稲田大学に進学しています。

 

実家の家業が安定したとはいえ、やはり当時から大学進学にはまとまったお金が必要だったので、自力で入学金や学費を稼いだようです。

 

大学3年生だった1983年に他の学生たちと国際交流を目的とするNGO団体「ピースボート」を設立するなど、アクティブに活動しています。

 

(大学時代)

 

この団体を設立した背景には第二次世界大戦の時の旧日本軍のアジア侵略があり、船で世界中の様々な人々と交流を重ねながら地域紛争や核問題、貧困問題などを話し合うという企画でした。

 

当時はこのようにイベント・企画は珍しく、大きな注目を集めました。

 

辻元さんも政界入りする1996年までピースボートに関わっており、のべ2万人の学生が参加して60か国以上を訪問していました。

 

 

またピースボートの理念は後進に受け継がれて、現在でも3、4か月間の船旅が毎年おこなわれています。

 

ただしこのような活動で多忙であったせいか、辻元さんは大学は6年かけて卒業しています。

 

また後に週刊誌に大学時代の写真が掲載されたこともありました。

 

 

 

辻元さんは大学卒業後は就職はしていません。

 

以降も地球国連サミットNGOなどの代表を務めるとともに、市民運動などにも関与し、「新らしい市民運動」を目指して政治家を志します。

 

 

また当時は成田空港問題のシンポジウムなどにも参加しています。

 

36歳だった1996年に社民党の党首だった土井たか子さんにスカウトされて国政選挙に出馬して、見事に初当選を果たしています。

 

 

ただし2002年には秘書給与流用事件で逮捕され、議員辞職もしています。

 

 

2004年の衆議院議員選挙には無所属で出馬しましたが落選していますが、翌年の衆議院議員選挙には社民党公認で出馬して比例復活で当選して国政にも復活しています。

 

その後に合流した民主党では政調会長代理などの要職も歴任しましたが、民主党は事実上の解党になりました。

 

 

多くの民進党の議員たちは小池百合子さん率いる希望の党に合流しますが、辻元さんは枝野幸男さんらが立ち上げた立憲民主党に合流することを表明しています。

 

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辻元清美の学歴~出身高校の詳細

 

出身高校:名古屋大学教育学部附属高校 偏差値62(やや難関)

 

 

 

辻元清美さんの出身校は、国立の共学校の名古屋大学教育学部附属高校です。

 

この高校は1947年開校の国立高校で、3クラスのみの小規模校ですが難関大学に進学する卒業生も少なくありません。

 

また2018年に将棋棋士の藤井聡太さんが入学して話題になったこともありました(2021年1月に中退)。

 

辻元さんはこの高校に一般受験で入学しており、勉強は得意でした。

 

高校時代の辻元さんの情報はほとんどなく、高校生活の詳細なども不明です。

 

後述するように実家の経済状況は中学時代に回復していますが、大学進学の資金などは捻出できなかったようです。

 

そのため辻元さんは高校卒業後に2年間デパートに勤務して、大学への進学資金を貯めています。

 

【主な卒業生】

加藤晴彦(俳優)

 

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辻元清美の学歴~出身中学校の詳細

 

出身中学校:奈良県 奈良教育大学附属中学校 偏差値62(やや難関)

 

 

 

辻元清美さんの出身中学校は、国立の共学校の奈良教育大学附属中学校です。

 

この中学校は1947年開校の国立中学校で、県内では進学校のひとつとして知られています。

 

また同校は国立中学校でありながら自由な校風で、教師が生徒の意見を尊重する教育方針で知られています。

 

辻元さんは奈良県の出身ですが、小学生時代は大阪府で過ごし、中学に上がるタイミングで再び奈良県に戻ってきています。

 

辻元さんはこの中学校には中学受験で入学しています。

 

中学生以降は父親の立ち食いうどん屋の経営が軌道に乗ったことから、生活も安定しました。

 

なおこの中学校には系列の高校がなく高校進学のためには高校受験をしなければならないのですが、辻元さんがなぜ奈良県内の高校ではなく名古屋の高校に進学したかは不明です。

 

辻元清美の学歴~出身小学校の詳細・極貧生活を経験していた!

 

 

出身小学校:大阪府 大阪市立愛日小学校

※その他3校に在籍

 

 

 

辻元清美さんの出身小学校は、大阪市立愛日(あいじつ)小学校です(現在は廃校)。

 

家族構成は両親と弟の4人家族です。

 

 

辻元さんは小学校時代は転校が多く、堺市立東三国丘小学校に入学後に大淀町立桜ヶ丘小学校高槻市立如是(にょぜ)小学校を経て同校に転校して卒業しています。

 

父親は大阪の船場で小さな洋服店を営んでいましたが、生活は苦しく店の2階の六畳一間の風呂なし物件で家族4人で暮らしていました。

 

しかも繊維不況でその後に父親の店が倒産しています。

 

そのため本人も家計が苦しくなるたびに奈良の親戚の家に預けられたと語っており、経済的に恵まれていませんでした。

 

また転校が多かったせいか当初は不登校になったこともあったそうですが、如是小学校3年生の時の担任の先生のお陰で積極的な性格になったとのこと。

 

その後は父親は立ち食いうどん屋を経営しますが、なかなかうまくいかずに小学校時代は極貧生活も経験しています。

 

しかし母親が美容師免許をとって美容師として働きはじめたことから、なんとか生活ができるようになりました。

 

以上が辻元清美さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

政界入り後も逮捕や落選など紆余曲折ありましたが、現在に至るまで野党の論客として知られています。

 

 

今後の動向にも注目が集まります。

 

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