糸井重里の学歴|出身大学高校や中学校の偏差値と経歴

 

糸井重里(いとい しげさと)

 

 

19481110日生

身長174

血液型はA

 

群馬県前橋市出身のコピーライター、タレント

本名同じ

 

以下では糸井重里さんの学歴や経歴、出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介していきます

 

目次

経歴

 

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1968年にデザイン事務所に就職して、コピーライターを担当。

 

1973年に事務所が倒産して、フリーランスとして活動を開始。

 

(若い頃)

 

1979年に作詞を担当した沢田研二の「TOKIO」がヒット。

 

1982年から若者向けトーク番組「YOU」の司会を務める。

 

 

また「不思議、大好き。」や「おいしい生活」などのキャッチコピーで、コピーライターとしても注目される。

 

 

1988年に映画「となりのトトロ」で声優を務める。

 

以降も「ボキャブラ天国」や「トリビアの泉」、「ギミア・ぶれいく」などのバラエティー番組に出演。

 

 

2017年に代表を務め「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営する株式会社ほぼ日がジャスダックに上場。

 

私生活では1980年に一般人女性と結婚して娘をもうけるも、女優の樋口可南子との不倫の末に離婚。

 

1993年に樋口と再婚した。

 

 

学歴~出身小学校・中学校・高校

 

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出身高校:群馬県 前橋高校 偏差値71(超難関)

 

 

糸井重里さんの出身校は、県立の男子校の前橋高校です。

 

同校は1877年開校の伝統校で、古くから高崎高校とともに群馬県ではトップの進学校として知られています。

 

前橋市立桃井(もものい)小学校から前橋市立第一中学校を経て、同校に進学しています。

 

生まれた直後に両親が離婚したため、司法書士だった父親に引き取られ、父方の祖母に育てられています(小学校3年生の時に父親は再婚)。

 

子供の頃はとにかく早く大人になりたかったと語っています(制限が多いから)

 

また当時から明るい性格だったことから学校では人気者で、しょっちゅう学級委員も務めていました。

 

小学生時代からスポーツや運動が苦手で、中学以降も部活動はおこなっていません。

 

また中学時代は生徒会に入っています。

 

高校時代はバンカラを気取って一本歯の下駄を履いて通学したというエピソードも残っています。

 

また高校時代にバンドを組むための資金稼ぎのために、オルガンやピアノのセールスマンの下請けを務めて楽器を売ったこともありました。

 

結成したバンドではボーカルを担当していました。

 

子供の頃から漫画が好きだったことから、高校時代の夢は漫画家でした。

 

【主な卒業生】

鈴木貫太郎(元内閣総理大臣、海軍大将)

小林桂樹(俳優)

増田和也(アナウンサー)



 

学歴~出身大学

 

出身大学:法政大学 文学部日本文学科(中退) 偏差値60(やや難関・現在)

 

 

糸井重里さんは高校卒業後は、法政大学に進学しています。

 

大学在学中から学生運動に身を投じて、逮捕歴が5回もあります。

 

大学も早い段階で中退しており、出版社「宣伝会議」のコピーライター養成講座に通学した後に20歳でデザイン会社に就職しています。

 

23歳でフリーランスとなった以降は本業のコピーライターのほか、タレントや作詞家、エッセイストなど多岐にわたるジャンルで活躍しています。

 

また実業家としての顔を持ち、自身が立ち上げた会社をジャスダックに上場させるなど、その経営手腕も注目を集めています。

 

既に年齢は70歳に達していますが未だに精力的に活動しており、今後の動向にも注目が集まります。

 

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