要潤の学歴と経歴|出身は高瀬高校!大学や中学校の大学の偏差値|陸上競技がすごかった!

 

俳優の要潤さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は要さんは中学・高校時代は陸上に打ち込んでおり、いずれも県大会の決勝に出場したほどでした。学生時代のエピソードや情報、若い頃のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします

 

要潤(かなめ じゅん)

 

要

 

1981221日生

身長185

血液型はA型

 

香川県三野町(現在は三豊市)出身の俳優

本名同じ

 

以下では要潤さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

要潤の学歴まとめ

 

出身大学:進学せず

出身高校:香川県立高瀬高校

出身中学校:三野町立三野津中学校

出身小学校:高瀬町立勝間小学校

 

要潤の学歴~出身小学校(高瀬町立勝間小学校)の詳細

 

出身小学校:香川県 高瀬町立勝間小学校

※現在は三豊市立勝間小学校

 

 

 

要潤さんが入学したのは、高瀬町立勝間小学校です。

 

家族構成は両親と2歳年上の兄の4人家族です。

 

 

意外にも要さんは子供の頃は引っ込み思案で消極的な性格でした。

 

また時期は不明ですが、小学校時代に三野町立下高瀬小学校に転校しています(現在は三豊市立下高瀬小学校)。

 

 

 

小学校2年生の時から公文式の教室に通学しています。

 

また小学校4年生の頃から陸上クラブに在籍して、陸上競技をはじめています。

 

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要潤の学歴~出身中学校(三野町立三野津中学校)の詳細

 

出身中学校:香川県 三野町立三野津中学校 偏差値なし

※現在は三豊市立三野津中学校

 

 

 

要潤さんの出身中学校は地元香川県三野(みの)町の公立校の三野津中学校です。

 

中学時代も陸上部に在籍しています。

 

中学時代は400m走と砲丸投げ、走り幅跳びを組み合わせた三種競技Bという種目をおこなっていました。

 

この競技でも県大会を突破して、四国大会6位になっています。

 

また要さんは陸上を続けることができたのは中学時代の恩師の影響とインタビューで話しています。

 

「ずっと陸上を続けていたのは、もちろん好きだということもありますが、中学時代の陸上の先生の影響が大きかったと思います。人生の厳しさや忍耐力、先生から色々なことを教わりました。その先生はおそらく当時20代前半くらいだったと思うのですが、先生というより「憧れのお兄ちゃん」みたいな感じでした」

記事引用:公文教育研究会

ちなみにその先生は日曜日には遊びに連れていったりしてくれています。

 

また中学時代は子ども会のボランティア団体にも在籍しており、ジュニアリーダーを務めています。

 

子ども会ではキャンプやクリスマス会などを仕切っており、この経験によって引っ込み思案な性格が直ったそうです。

 

加えて要さんは中学2年生の時に、バスケットボール部の1年後輩の女子とはじめて交際しています。

 

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要潤の学歴~出身高校(香川県立高瀬高校)・大学の詳細

 

出身高校:香川県 高瀬高校 偏差値52(普通)

 

 

 

要潤さんの出身高校は、県立の共学校の高瀬高校です。

 

この高校は1948年開校の中堅県立高校です。

 

要さんは高校時代は陸上部に在籍して部活動に励んでいます。

 

 

陸上部では400mハードルを担当しています。

 

400mハードルは高校時代からはじめていますが、練習熱心だったこともありメキメキと実力がついたとのこと。

 

高校時代には400mハードルで県内2位となり、四国大会の決勝に進出したほどの実力の持ち主でした。

 

そのため要さんは将来はオリンピック選手になることを夢見ており、大学から陸上での推薦入学の話もありました。

 

ところが高校3年生の時のインターハイ地方予選の決勝の400mハードルで転倒して失格になってしまいます。

 

この際には「楽勝」と思って走ったことが油断だったとも述べています。

 

するとそれ以来転倒した8台目のハードルを飛び越えることができなくなって、陸上を断念しました。

 

要さんも当時については次のようにインタビューで振り返っています。

 

「そのときは人生が終わったと思いましたよ。陸上選手として大学に推薦で進学して、そこから何かしら将来が広がっていくんだろうなと思い描いていた自分の道が、すべて断たれてしまったんですから。9年間がむしゃらにやってきた陸上を捨てて、また一から何かやらなきゃいけないのか……。」

記事引用:公文教育研究会

 

この時のショックは大きく、要さんは「人生最大の挫折」と述べています。

 

ただし陸上はやめてしまいましたが、高校時代に使用したスパイクはずっと持っているそうです。

 

その一方で高校時代はかなりモテており、高校2年生のバレンタインデーにはなんと8人の女子から告白されています。

 

要さんもインタビューで「モテキは高校時代」と述べています。

 

「最大の“モテキ”は高校時代でしたね(笑)。バレンタインの一週間後が誕生日なんです。だから誕生日プレゼントと合わせて、よくチョコをもらってました。知らない子からもらうこともありましたけど、マメじゃなかったので、ホワイトデーもほとんど返さなかったです」

記事引用:GOODA

 

大学には進学していない

 

そして要さんは高校卒業後は大学などに進学していません

 

陸上競技を断念しましたが、次なる目標を俳優に定めています。

 

その際には両親には反対されましたが説得して、高校を卒業した年に上京しています。

 

上京後はオーディションを受けながら、居酒屋や警備員、弁当屋やバー、パチンコ屋など様々なアルバイトを経験しています。

 

ただし当初はオーディションに落ちまくっていました。

 

ちなみに高校を卒業した1999年に警備員をやっていた際には、職場の同僚の推薦で「笑っていいとも!」の「看板男コレクション」に出場して優勝しています。

 

 

また翌年に居酒屋でアルバイトしていた際に、現在の所属事務所にスカウトされて芸能界入りしています。

 

すると20歳だった2001年に、オーディションに合格して「仮面ライダーアギト」で主演としてデビューを果たしています。

 

 

 

ただし要さんははじめての演技だったことから、「はい」という一言のセリフに20回以上NGを出したこともありました。

 

さらに翌年には昼ドラの「新・愛の嵐」に藤谷美紀さんの相手役として出演して、俳優としてブレイクを果たしています。

 

 

以降は数々の話題作の連続ドラマに起用される人気俳優となっています。

 

以上が要潤さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

20代前半で人気俳優になり、以降は数々の話題作に出演しています。

 

知名度の割には主演作が少ないのが意外ですが、現在でも話題のドラマや映画の主要キャストに起用されるほどの人気を誇っています。

 

 

役者としても脂がのってくる年齢なので、今後の活動などにも期待が高まります。

 

経歴・プロフィールの詳細

 

2001年に「仮面ライダーアギト」でデビュー。 

2001年に昼ドラ「新・愛の嵐」に、ヒロイン(藤谷美紀)の相手役として出演し注目を集める。

2003年のBSドラマ「第三診療室」でドラマ初主演。 

以降も「GOOD LUCK!!」や「嫌われ松子の一生」、「泣かないと決めた日」などの連続ドラマに主要キャストとして出演。 

2004年からバラエティー番組「幸せって何だっけ」にレギュラー出演。 

2008年の「ピューと吹く!ジャガー」で映画初主演。 

2013年の「東京トイボックス」で連続ドラマ初主演。 

私生活では2013年に元タレントの女性社長と結婚し、2人の子供がいる。

 

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