小説家の原田マハさんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は原田さんは文学少女で、学生時代からかなりの数の書籍を読んでいました。学生時代のエピソードや情報なども併せてご紹介いたします
原田マハ(はらだ まは)
1962年7月14日生
身長非公表
血液型非公表
東京都小平市出身(岡山県岡山市育ち)の小説家、エッセイスト
本名非公表
以下では原田マハさんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
原田マハの学歴~出身大学(関西大学・早稲田大学)の詳細
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出身大学:関西大学 文学部日本文学学科 偏差値58(中の上)
※現在は総合人文学科
原田マハさんは高校卒業後は、私立大の関西大学に進学しています。
大学では文学部に在籍して、日本文学を専攻していました。
原田さんは自身の大学時代についてインタビューで次のように話しています。
「元々美術が好きで、学生時代も美術史を学んでいたのですが、21歳の時に友人からルソーの画集を見せてもらったんですね。その時、『なんて下手なんだろう。』って衝撃を受けたんです。でも、とっても惹きつけられた。それからは夢中になってルソーについて学んだのですが、知れば知るほど面白い、人間としても非常に魅力のある人だと感じたんです。」
また大学時代は絵にかいたような貧困生活だったといいます。
原田さんは大学を卒業後はアルバイトをしながらグラフィックデザインの専門学校に通っており、東京の広告プロダクションに就職をしました。
そして24歳のときには原宿で開館準備中だった馬里邑美術館を通りすがりに見つけて、飛び込みで「雇って欲しい」と直談判して転職をしていますが2年ほどで退職をしています。
その後はアートマネジメント学校のディレクターや伊藤忠商事美術館のコンサルティングや展覧会の企画などをやっていましたが30歳の時に「キュレーターになりたい」と思い、早稲田大学第二文学部の美術史科を受験して40倍の倍率の中、合格しました。
出身大学:早稲田大学 第二文学部 偏差値60(やや難関)
早稲田大学の第二文学部は2016年3月に廃止されていますが、夜間部としては非常に人気が高く、偏差値も異例の60程度を誇っていました。
また吉永小百合さんやタモリさん、風間杜夫さんや「ハリセンボン」箕輪はるかさんら数々の有名人が在籍したことで知られています。
原田さんは日中は仕事をしていたので、この大学のこの学部に入学しています。
以降はキュレーターとして活動していますが、41歳だった2003年に執筆活動を開始しています。
すると2005年に発表した「カフーを待ちわびて」がロングセラーになり、映画化もされています。
以降も「楽園のカンヴァス」や「キネマの神様」などがベストセラーとなって、人気作家の仲間入りを果たしています。
小説のほかにもノンフィクションやルポルタージュなどのジャンルでも執筆しています。
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原田マハの学歴~出身高校(山陽女子高校)の詳細
出身高校:岡山県 山陽女子高校 偏差値40~60(コース不明のため)
※現在は山陽学園高校
原田マハさんの出身高校は、私立の女子校(当時)の山陽女子高校です。
この高校は1886年開校の伝統校の私立高校で、部活動が盛んなことで知られています。
また原田さんが在籍した当時は女子校でしたが、2020年に男女共学化されて校名も山陽学園高校になっています。
なお同校は以下の5つのコースを設置していますが、原田さんがどのコースに在籍したかは不明です。
選抜:偏差値60
発展:偏差値53
音楽:偏差値45
標準:偏差値41
進学:偏差値40
ただし前記のように原田さんは関西大学に進学しているので、最上位のコースに在籍した可能性が高そうです。
原田さんは自身の高校時代についてインタビューで次のように話しています。
「女子校に通っていたのですが、絵を描いたり文章を書いたりするのがすごく好きで、自分で書いた物語に挿絵を入れてクラスのみんなに読んでもらったりしていました。それに対して友人たちがすごく喜んだり悲しんだりしているのを見て、読者がいることに喜びを感じました。」
ただその時に自分がプロの小説家になるとか、プロの漫画家になるとかはあまり考えていなくて、創る喜び、何かをクリエーションしていくことの喜びを純粋に感じていました。
高校時代は本をたくさん読んでおりインタビューでは次のように話しています。
「高校時代は絵を描くのと文章が好きな学生でした。本ももちろんたくさん読みましたが、自分で創作するのが何よりの楽しみだったんです。自分の高校時代の思い出をベースにして書いた『でーれーガールズ』という小説がありまして、『でーれー』は岡山の方言で『ものすごい』とか『猛烈だ』とかそういう意味で、感嘆の言葉として『でーれーな!』とか『でーれーやつやな』『でーれーすきなんじゃ』みたいに使います。」
また原田さんは高校時代は眩しい時代だったと話しており、次のように振り返っています。
「自分の青春時代の高校生活を岡山で過ごしたんですね。いろいろな事があった時代ですが、後から考えてみると高校時代ってすごくきらきらしていて。輝きの中に自分がいる時は誰も気が付かないものなんですよ、自分自身が輝きの中にいるって。」
また高校時代は太宰治の影響を受けたと話しています。
【主な卒業生】
桃瀬美咲(女優)
さとうもか(シンガーソングライター)
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原田マハの学歴~出身中学校(岡山市立石井中学校)の詳細
出身中学校:岡山県 岡山市立石井中学校 偏差値なし
原田マハさんの出身中学校は、地元岡山市内の公立校・岡山市立石井中学校です。
中学・高校時代を通じて部活動はおこなわなかったようです。
当時の原田さんは兄の本棚にある本を片っ端から読んでいました。
中学生の頃からは特に純文学が好きで大江健三郎さんの作品を読んでおり、当時のことについて次のように話しています。
「その頃は、内容がよく分からなくても読み進めていました。分からないものを読むのって格好いいじゃないですか。『私は純文学を読んでいるのよ』と格好つけていました。」
【主な卒業生】
森末慎二(元体操選手・タレント)
原田マハの学歴~出身小学校(岡山市立三門小学校)の詳細
出身小学校:岡山県 岡山市立三門小学校
原田マハさんの出身小学校は、地元岡山市内の公立校・岡山市立三門(みかど)小学校です。
家族構成は両親と兄の4人家族のようです。
兄は小説家の原田宗典さんです。
父親はギャンブル好きだったことからいつも借金をしており、このことについては次のように話しています。
「大変なギャンブル好きで、そのためにいつも借金を重ねていた(最近は年のせいもあって、さすがに身を引いたようでほっとしている)。家族、特に母はさんざん苦労をさせられ通しだった。」
原田さんは子供の頃から自然とアートに触れてきました。
小学生の頃からすでに書くことが好きだったと話しており、当時のことについて次のように振り返っています。
「小学生の頃から好きで、小説というようなものでもないんですが、絵入りの物語を書いたり、漫画を描いたりしていました。生意気な時代ですから、自分の中のイマジナリーラバー、憧れのヒーローのような想像上のボーイフレンドを作っていました。今で言うと2次元ラブ。漫画やアニメの主人公に恋をしてしまう子もいますが、本当にその走りだったなあと思います。」
原田さんが作った物語や漫画をクラスメイトが夢中になって読んでくれたこともあったといいます。
原田さんは東京都小平市出身で、当初は小平市内の公立校に通学していました(校名は不明)。
父親の転勤で小学6年生の時に岡山県岡山市のこの小学校に転入をしました。
以上が原田マハさんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
40歳を過ぎて小説家としてデビューしましたが、コンスタントにヒット作を執筆しています。
また直木賞候補にも2度なっています。
今後のさらなる活躍にも期待が高まります。
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