「Superfly」の越智志帆さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りします。圧倒的な歌唱力で知られる越智さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃の画像なども併せてご紹介いたします
Superfly(越智志帆)
1984年2月25日生
身長153㎝
血液型はO型
愛媛県今治市出身の歌手
ユニット「Superfly(スーパーフライ)」のボーカル
以下では「Superfly」越智志帆さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介します
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越智志帆の学歴まとめ
出身大学:松山東雲短期大学 秘書科
出身高校:愛媛県立今治北高校
出身中学校:今治市立朝倉中学校
出身小学校:今治市立上朝小学校
越智志帆の学歴~出身小学校の詳細
出身小学校:愛媛県 今治市立上朝小学校
※現在は閉校
「Superfly」越智志帆さんの出身小学校は公立の共学校の今治市立上朝小学校です。
この小学校は2014年に統合されて、現在は今治市立朝倉小学校となっています。
家族構成は両親と姉と妹の5人家族です(3姉妹の真ん中)。
なお顔立ちからハーフと思われることも多い越智さんですが、両親ともに日本人です。
ちなみに実家は農家です。
子どもの頃や小学校時代のエピソード
越智さんは3歳の頃からピアノを習っていました。
また父親が若いころからミュージシャンを目指していたそうで、音楽が身近な存在でした。
ピアノ以外にもギターやブルースハープ、ティンパニ、カウベルなどの楽器も演奏することが出来ます。
また越智さんは自身の幼少期についてインタビューで次のように話しています。
「小さい頃から人の考えていることが読めちゃうようなところがあって、過剰に人に気を遣うことが多かったんです。最近そういうのが「面倒臭いな」って思えるようになって(笑)。」
記事引用:CINRA
幼少期から自身のことを音痴だと思っていたそうで、そんな時に幼馴染に「声が好き」と言われたことが心に残っているそうです。
なお越智さんは学生時代は外で遊ぶような活発な子ではなかったと述べています。
「Superfly」越智志帆の学歴~出身中学校の詳細
出身中学校:愛媛県 今治市立朝倉中学校 偏差値なし
「Superfly」越智志帆さんの出身中学校は、地元今治市内の公立校の朝倉中学校です。
中学時代のエピソード
越智さんは中学時代にコミュニケーションについて大きな劣等感を抱いていたようで、「明るく楽しく話す同級生の様子を見て、自分も同じ年齢なのに、どうして私はうまくコミュニケーションがとれないんだろう」と思っていたそうです。
当時のこの中学校は音楽教育に熱心で、生徒に学級歌を作らせていました。
その際にはピアノを弾くことができる越智さんが作詞・作曲をして、他のクラスメイトがその曲を歌っています。
また中学生の時に5・6人でゴスペルを歌う機会があったそうで、越智さんも急遽歌を歌うことになったそうです。
そして中学時代の合唱コンクールがきっかけで人前で歌うことで喜びを覚えました。
「中学のときに全校生徒で合唱するイヴェントがあって、友達5~6人のグループでゴスペルを歌ったんです。そのときに〈歌ってすごい!〉〈私の心を表現するものは歌なんだ!〉って気付いて。人前に出て歌うことが私は何より好きなんだなって、そのときにわかったんです」
記事引用:タワーレコードオンライン
それからは音楽の時間が楽しみになったとインタビューで話しています。
またこのような経験もあったことから、高校入学後はバンドのボーカルを務めています。
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Superfly越智志帆の学歴~出身高校の詳細
出身高校:愛媛県 今治北高校 偏差値52~55(学科不明のため)
「Superfly」越智志帆さんの出身高校は、県立の共学校の今治北高校です。
この高校は1899年開校の公立校で、部活動が盛んなことで知られています。
また同校は以下の3つの学科を設置していますが、越智さんがいずれかの学科に在籍したかは不明です。
普通科:偏差値55
商業科:偏差値52
情報ビジネス科:偏差値52
高校時代はバンドに熱中していた
越智さんは中学時代から曲作りをしてきましたが、高校に入る頃には人前で歌いたい気持ちが強くなったとインタビューで述べています。
高校3年生の時に本格的に音楽活動をはじめており、バンドを結成し越智さんはボーカルを担当しました。
バンドを結成してからは毎日のようにバンドメンバーと練習をしていました。
この時は邦楽ポップスのジャンルの曲を主に聴いていたようです。
【主な卒業生】
伊藤大海(アナウンサー)
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Superfly越智志帆の学歴~出身大学(松山東雲短期大学)の詳細
出身大学:松山東雲短期大学 秘書科 偏差値43(容易)
※現在は現代ビジネス科
「Superfly」越智志帆さんは高校卒業後は、松山東雲(しののめ)短大に進学しています。
同大は私立の女子短大で、松山市にキャンバスがあります。
越智さんは短大では秘書科に在籍しており、ビジネス関連を学んでいます。
大学時代のエピソード
当時は寿司屋でアルバイトをしていました。
また短大時代は松山大学の軽音楽サークルに在籍しており、後のパートナーとなる多保孝一さんと出会いました。
このサークル内で行われた新入生歓迎ライブがきっかけで「フィソガー5」というコピーバンドを結成し、ジャンル関係なくカバーをして楽しんでいたそうです。
越智さんが2年生だった2004年に多保さんがサークル内で結成したバンド「Superfly」に加入しており、多保さんの代わりに越智さんがボーカルを務めるようになりオリジナル楽曲を演奏するようになりました。
しかしメンバーの入れ替わりも激しかったため、なかなか思うようにライブもできなかったようです。
また多保さん徹底的に理想の音楽性を追求した結果、バンドはいつの間にか越智さんとのユニットになっていました。
越智さんは短期大学を無事に卒業していますが、就職をしないで愛媛県松山市を中心に音楽活動を継続させています。
短大を卒業した2005年からはたびたび上京して、下北沢のライブハウス「屋根裏」でライブを行っています。
また当時はいろいろなレコード会社に自作CDを送っており、そのCDを聞いた音楽関係者の人が興味を持って演奏を見に来てくれたそうです。
2006年には地元松山から上京をしましたが、結局メンバーが見つからずにそのまま2人だけで活動するようになりました。
「Superfly」でメジャーデビュー
そして越智さんが23歳だった2007年4月に、「Superfly」はファーストシングルシングル「ハロー・ハロー」でメジャーデビューを果たしています。
同年11月に多保さんがアレンジャーに転向したため、越智さんのソロユニットになりました。
翌年2008年に発売した1stアルバム「Superfly」はオリコン週間アルバムランキングで1位を獲得し、4thシングル「愛をこめて花束を」がミリオンセラーとなりました。
2009年12月に初の武道館ライブを行っております。
以降も立て続けにヒットを連発して、人気アーティストの仲間入りを果たしています。
2015年にはNHK紅白歌合戦に初出場しました。
そして越智さんは2018年にフジファブリックの金澤ダイスケさんと結婚しています。
以上が「Superfly」越智志帆さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
メジャーデビュー後は、いきなりヒット曲を連発して人気アーティストになっています。
また歌のうまさにも定評があり、国内でも有数の実力派シンガーとして知られています。
現在では越智さんのソロユニットとなっていますが絶大な支持を受けており、今後の活躍にも期待が高まります。
経歴/プロフィールの詳細
2004年に多保孝一が大学のサークル内で結成したバンド「Superfly」に、越智が加入。
2007年4月に1STシングル「ハロー・ハロー」でメジャーデビュー。
同年11月に多保がアレンジャーに転向したため、越智のみのソロユニットとなる。
2008年の4THシングル「愛をこめて花束を」がミリオンセラーとなる。
2009年12月に初の武道館ライブをおこなう。
2010年の10THシングル「Wildflower & Cover Songs」が初のオリコン1位を獲得。
以降も「愛をくらえ」や「輝く月のように」などのヒット曲をリリース。
2015年にNHK紅白歌合戦に初出場。
2018年4月にフジファブリックの金澤ダイスケと結婚した。
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