濱田マリの学歴と経歴|出身は武庫川女子大学附属高校!大学や中学校の偏差値と若い頃のかわいい画像

 

女優の濱田マリさんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。歌手やナレーターとしても活動している濱田さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃のかわいい画像なども併せてご紹介いたします

 

濱田マリ(はまだ まり)

 

03

 

19681227日生

身長152

血液型はB型

 

兵庫県神戸市出身の女優、タレント、歌手

本名は濱田麻里(読みは同じ・結婚前)

 

以下では濱田マリさんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

濱田マリの学歴まとめ

 

出身大学:進学せず

出身高校:武庫川女子大学附属高校

出身中学校:神戸市立飛松中学校

出身小学校:神戸市立板宿小学校

 

濱田マリの学歴~出身小学校(神戸市立板宿小学校)の詳細

 

出身小学校:兵庫県 神戸市立板宿小学校(有力)

 

 

 

濱田マリさんの出身小学校は、地元神戸市内の公立校の板宿(いたやど)小学校が有力です。

 

家族構成は両親と兄の4人家族です。

 

父親はクリーニング店、母親は美容院を経営していました。

 

濱田さんは子供の頃からよくクリーニング店の手伝いをしており、クリーニング店の「看板娘」として子供ながらにやりがいを感じていたといいます。

 

また子供の頃から歌謡曲を歌うことが好きで、歌マネをして家族の前で披露していました。

 

ちなみに濱田さんの声質は母譲りで、小さい頃に母親の美容院の電話に出る際に母親の声マネをしていたところ話し方までそっくりになったことを明かしています。

 

濱田さんは小学4年生の頃に初恋を経験しており、ラブレターを書きました。

 

そして小学6年生の時には、漫才ブームを迎えており、当時のことについてはインタビューで次のように話しています。

 

「私の育った神戸は、大阪ほどではありませんが、それでも、勉強やスポーツができる子より、面白い子が人気。だから土曜のお昼はみんな、お好み焼きを食べながら“午後の授業”として『よしもと新喜劇』を見るんです。そして夜は『8時だョ!全員集合』が定番でした」

引用元::女性自身

 

 

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濱田マリの学歴~出身中学校(神戸市立飛松中学校)の詳細

 

出身中学校:兵庫県 神戸市立飛松中学校 偏差値なし

 

 

 

濱田マリさんの出身中学校は、地元神戸市内の公立校の飛松中学校です。

 

中学時代は器械体操部に在籍をしており、部活動に打ち込んでいました。

 

部活動を一生懸命がんばっていたことから、当時はテレビを観る時間が限られていました。

 

濱田さんは当時のことについてはインタビューで次のように話しています。

 

「土曜まで頑張って、くったくたに疲れて、それでようやく好きなテレビにたどりつけるんですね。それが『オレたちひょうきん族』でした。」

引用元:女性自身

 

中学時代には、神戸市大会で個人総合2位の成績を残したこともあるほど優秀でした。

 

【主な卒業生】

コザック前田(ミュージシャン・ガガガSP)

三原舞依(フィギュアスケート選手)

 

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濱田マリの学歴~出身高校(武庫川女子大学附属高校)・大学の詳細

 

出身高校:兵庫県 武庫川女子大学附属高校 偏差値56(中の上)

 

 

 

濱田マリさんの出身高校は、私立の女子校の武庫川女子大学附属高校です。

 

この高校は1939年開校の武庫川女子大学の系列の私立高校で、地元では古くから「お嬢様学校」として知られています。

 

またOGにタカラジェンヌが多いのも特徴です。

 

高校でも体操部に入部しましたが、当時の同校の体操部は県内でも強豪で、他の部員のレベルについていけずに高校1年生の時に退部しています。

 

濱田さんは当時のことについてはインタビューで次のように話しています。

 

「技ができたときはうれしいけど、最初に挑戦するときは怖いし、練習もキツい。しかも強豪校でかなり真剣にやっていたから、後輩に追い越されたりすると、プライドがボロボロになる。楽しいことより、つらいことのほうが多かったんです」

引用元:女性自身

 

濱田さんは中学生の頃から真剣に取り組んでいた器械体操を辞めたことで、他に夢中になれることを模索していました。

 

そのタイミングで部活動を続けていると出会わなかったであろう少し不良の友人と出会い、ライブハウスに足を運ぶようになりました。

 

ライブハウスでは、常連の人から音楽を教わり、時にはステージに上がることもあったとのことで、濱田さんはどんどん音楽の道にのめり込むようになりました。

 

そして高校生の頃にアマチュアバンド「砂場」を組んでボーカルとギターを担当し、ライブ活動をおこなうようになりました。

 

ちょうどその頃はバンドブームだったこともあって、濱田さんはテレビ番組にも出演する機会に恵まれました。

 

器械体操を辞めた頃には、両親から何か他に夢中になれることを探すように言われていましたが、両親はバンド活動に対してそれほど賛成ではなかったようです。

 

また高校生活は周囲にお嬢様と呼ばれるような家庭で育った同級生が多く、さほど馴染むことができなかったようです。

 

【主な卒業生】

大楠道代(女優)

蘭寿とむ(元宝塚歌劇団)

橋本和花子(関西テレビアナウンサー)

笠野咲藍(タレント)

 

大学には進学していない

 

なお濱田さんは高校卒業後は大学には進学しておらず、音楽活動をおこないながら父親の営むクリーニング店の手伝いをしていました。 

 

在籍したバンド「砂場」は地元のライブハウスなどでは好評を博して、人気音楽番組の「いかすバンド天国(いか天)」に出場したほどです。

 

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ところが「いか天」で審査員に酷評されたことから、「砂場」はそのまま解散しています。

 

それでも濱田さんは23歳だった1991年に、エンターテインメントバンドの「モダンチョキチョキズ」に加入すると、翌年にはバンドはメジャーデビューを果たして注目を集めます。

 

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バンドは大ブレイクこそありませんでしたが、コアな人気を誇っていました。

 

 

「モダンチョキチョキズ」は1997年に活動を休止しますが、以降は女優やタレントとしても活動を開始します。

 

女優としては演技の評価が高く、主に脇役として多くの映画やテレビドラマに出演してきました。

 

また独特の声でナレーターや声優を務めるなど、多方面で活躍しています。

 

 

なかなかマルチで個性派の稀有な存在なので、今後の活躍にも期待です。

 

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経歴/プロフィールの詳細

 

ロックバンド「砂場」のボーカル兼ギタリストとして、「いかすバンド天国」などの番組に出演。

1991年にバンド「モダンチョキチョキズ」に加入。 

バンドはシングル「天体観測」などで注目されるも、1997年に活動休止。 

同年から女優として活動をはじめ、「恋のバカンス」でドラマ初出演し、「ひみつの花園」で映画初出演。 

以降も多くの作品に出演し、テレビドラマの代表作は「菊次郎とさき」や「アンフェア」、「カーネーション」、「マッサン」など。 

特徴のある声でナレーターや声優としても活動している。 

私生活では1996年にミュージシャンと結婚して娘を出産したが、2005年に離婚。 

2008年に一般人の会社員と再婚した。



 

ここまでお読みいただきありがとうございました。ご質問やご意見などがございましたら、お手数をおかけしますがページ上の「お問い合わせ」よりお願いいたします。

 

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