内田也哉子の学歴|出身は城南高校!大学や中学校の偏差値と若い頃の画像

 

俳優の本木雅弘さんの妻でタレントや女優、エッセイストとして活躍している内田也哉子さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。内田さんはどのような学生生活を送ってきたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃の画像なども併せてご紹介いたします

 

内田也哉子(うちだ ややこ)

 

 

1976年2月11日生

身長非公表

血液型はB型

 

東京都出身の女優、歌手、タレント

本名同じ

父親は内田裕也、母親は樹木希林、夫は本木雅弘

 

以下では内田也哉子さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

内田也哉子の学歴まとめ

 

出身大学:進学せず

出身高校:都立城南高校→スイスのインターナショナルスクール→ニューヨークのインターナショナルスクール

出身中学校:港区立高陵中学校

出身小学校:西町インターナショナルスクール→港区立青南小学校

 

内田也哉子の学歴~出身小学校(西町インターナショナルスクール・青南小学校)の詳細

 

出身小学校:東京都 西町インターナショナルスクール

 

 

 

内田也哉子さんが入学したのは、私立の共学校の西町インターナショナルスクールです。

 

このインターナショナルスクールは1949年開校の老舗で、タレントの関根麻里さんやジャニーズ事務所の2代目社長の藤島ジュリー景子さんらも卒業生です。

 

加えて内田さんの3人の子供もこの学校に通学しています。

 

父親はミュージシャンの内田裕也さん、母親は女優の樹木希林さんでひとり娘として生まれ育っています。

 

 

しかし内田さんが生まれる1か月前に両親が別居して、以降は樹木さんが引き取って育てています。

 

ちなみに両親が別居したのはケンカが絶えず、包丁が飛び交うようになったので、樹木さんが命の危険を感じて別居に踏み切ったからです。

 

ただし2人は離婚をせずに、40年以上夫婦でした。

 

 

また内田さんにとっても父と母の関係は「ミステリーでした」と述べていますが、子供の頃から年に1、2回は必ず会っていたそうです。

 

内田さんは幼少期から親とよく海外に行っており、保育園・小学校とインターナショナルスクールに通学していたことから、小学校時代から英語がペラペラでした。

 

また9歳のときには早くもアメリカ・ニューヨークへホームステイをしていた経験があります。

 

しかもその際は短期ではなく約1年間の単身での留学で、幼いながらしっかりと自立した子であったことがうかがえます。

 

ただし小学校6年生の時に西町インターナショナルスクールから、区立小学校に転校しています。

 

というのも当時のこのインターナショナルスクールは学校教育法上無認可校で(現在は認定校)義務教育上問題があるとされ、母親の樹木希林さんが役所から「娘が義務教育を受けていない、このままでは修了にならない」と注意を受けたからです。

 

そのため樹木さんは内田さんを区立小学校に転校させています。

 

転校先の小学校は、港区立青南小学校が有力です。

 

 

 

しかし内田さんは区立小学校とインターナショナルスクールでは、授業や先生、生徒など何もかもが違い全てに息苦しさを感じていたといいます。

 

また父親と母親がともに有名人だったことから、イジメにも遭ったことを告白しています。

 

それでも内田さんは学校に通学し続けて、無事に小学校は卒業しています。

 

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内田也哉子の学歴~出身中学校(港区立高陵中学校)の詳細

 

出身中学校:東京都 港区立高陵中学校 偏差値なし

 

 

 

内田也哉子さんの出身中学校は、地元港区内の公立校・高陵(こうりょう)中学校です。

 

この中学校の出身者であることも読者の方の情報提供で判明しました(感謝申し上げます)

 

前記のように内田さんは小学校時代はイジメを受けていますが、中学進学後はイジメがなくなったことをインタビューで話しています。

 

また中学時代は友達ができて、楽しい学校生活を送れたそうです。

 

【主な卒業生】

デヴィ夫人(タレント)

 

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内田也哉子の学歴~出身高校(都立城南高校)・大学の詳細

 

出身高校:東京都 城南高校 偏差値55程度(当時)

※現在は六本木高校(偏差値32)

 

 

 

内田也哉子さんが中学卒業後に入学したのは、都立の共学校の城南高校です。

 

この高校はかつては進学校でしたが2004年の閉校時にはかなりレベルが凋落しており、現在は定時制の六本木高校(偏差値32)になっています。

 

なお内田さんの出身高校は不明でしたが、読者の方の情報提供によってこの高校の出身者であることが判明しています。

 

情報を提供していただいた方、ありがとうございました。

 

内田さんが高校1年生だった1991年に、後に結婚することになる本木雅弘さんにはじめて会っています。

 

きっかけは母親の樹木希林さんから父親の内田裕也さんと食事をしてくるように言われて出向いたところ、その場に本木さんも同席していたからでした。

 

当時の本木さんは25歳で既にジャニーズ事務所を退所しており、俳優として売り出し中の頃でした。

 

はじめて会った際に本木さんは内田さんを「コム・デ・ギャルソン」の本店に連れ行き、洋服を買ってくれたことをインタビューで話しています。

 

ちなみに内田さんはその洋服は現在でも大事に着ているそうです。

 

ただし当時は本木さんに対し、特別な感情は持っていなかったそうです。

 

高校2年生のとき、内田さんはスイスのジュネーブにあるインターナショナルスクールに留学し、写真やコラージュ制作などのアートを専攻しています。

 

その際には本木さんと文通もしており、スイスにも会いに来てくれました。

 

内田さんはその後はニューヨークに移り住んで、現地のインターナショナルスクールを卒業しています。

 

大学には進学していない

 

また高校卒業後は大学などには進学していません

 

ニューヨーク時代に本木さんがアカデミー賞授賞式のナレーターの仕事でアメリカに赴いた際に、現地に住んでいた内田さんが通訳を務めており、この時に本木さんのアプローチから交際がはじまっています。

 

 

そして内田さんが高校3年生の時に、本木さんは早くも次のようにプロポーズをしています。

 

「私には白髪のあなたが想像できるし、そういうあなたが愛おしい、と思える気がする。今すぐじゃなくても、いつか結婚という選択肢が現れたとき、私もそこに入れてください。」

 

内田さんはその後もニューヨークやパリに在住して、19歳だった1995年に本木さんと結婚しました。

 

 

1997年に長男・雅樂(うた)さん、1999年に長女・伽羅(きゃら)さん、2010年に次男・玄兎(げんと)が誕生しています。

 

結婚後の1997年から内田さんは本格的に芸能活動を開始して、女優として映画「東京日和」に出演しています。

 

さらに2005年には音楽プロジェクト「SighBoat」を渡邊琢磨さん・鈴木正人さんと共に結成しボーカルを務めました。

 

 

2007年公開の映画「東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜」では、日本アカデミー賞新人賞を受賞しています。

 

 

その他にもエッセにストとして数々の書籍も出版し、数々のジャンルで活躍しています。

 

以上が内田也哉子さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

残念ながら母親の樹木希林さんは2018年に、父親の内田裕也さんは2019年に他界してしまっています。

 

 

しかし長男のUTAさんもファッションモデルとしてデビューを飾り、夫の本木雅弘さんは既に大物俳優です。

 

また内田さんも女優や歌手、エッセイストやタレントなどとマルチな活動を展開しています。

 

 

今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

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