北川悠仁(ゆず)の学歴と経歴|出身は横浜高校!大学や中学校の偏差値と若い頃のかっこいい画像

 

人気フォークデュオ「ゆず」の北川悠仁さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。俳優としても活動している北川さんはどのような学生時代をおくったのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします

 

北川悠仁(きたがわ ゆうじん)

 

 

1977年1月14日生

身長175㎝、57㎏

血液型はA型

 

神奈川県横浜市出身のシンガーソングライター

フォークデュオ「ゆず」のメンバー

本名同じ

 

以下では「ゆず」北川悠仁さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします 

 

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目次

北川悠仁の学歴まとめ

 

出身大学:進学せず

出身高校:横浜高校

出身中学校:横浜市立岡村中学校

出身小学校:横浜市立岡村小学校

 

北川悠仁の学歴~出身小学校(横浜市立岡村小学校)の詳細

 

出身小学校:神奈川県 横浜市立岡村小学校

 

 

「ゆず」北川悠仁さんの出身小学校は、地元横浜市内の公立校の岡村小学校です。

 

家族構成は両親と姉3人、兄の7人家族です(末っ子)。

 

 

兄とは17歳離れています。

 

小学生の頃に姉と喧嘩している間に泥棒が入り、翌日学校から帰ってくると家の前が大騒ぎになっていたことがあったそうです。

 

また自身の名前「悠仁(ゆうじん)」については次のように話しています。

 

「僕、すごく好きですよ。珍しい名前ですしね。この名前は知り合いのお坊さんがつけてくれたんですけど」

 

中学時代は肥満気味でしたが、幼稚園の頃はガリガリだったそうで「もやしっ子」と呼ばれていたそうです。

 

泣き虫だったためよく園長室で過ごしており、この頃からお絵かきが好きだったようです。

 

好き嫌いが多かった北川さんは小学3年生の時に、兄夫婦のもとに好き嫌いをなくすための修行に行かせたことがきっかけで太り始めたようです。

 

また小学5年生の時に鼓笛隊に入り、トランペットを担当していました。

 

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北川悠仁の学歴~出身中学校(横浜市立岡村中学校)の詳細

 

出身中学校:神奈川県 横浜市立岡村中学校 偏差値なし

 

 

「ゆず」北川悠仁さんの出身中学校は、地元横浜市内の公立校の岡村中学校です。

 

岩沢さんとは小学校・中学校と同じ学校に通学していましたが、仲が良くなったのは同じクラスになった中学3年生からだとインタビューで話しています。

 

北川さんは中学時代は軟式テニス部に入部しましたが、すぐに退部しています。

 

ちなみに軟式テニス部に入部したのは、安室奈美恵さんに似た先輩の女子に憧れたからでした。

 

また北川さんは中学入学当初は太り気味でした。

 

 

中学時代にXジャパンのYOSHIKIさんに憧れて、ドラムをはじめています。

 

兄が使っていた昔のドラムセットを出してきて、叩きはじめました。

 

 

北川さんが初めて作った歌は「種」ということになっていますが、実際にはゆずを結成する前に「マリア」という歌を作っています。

 

「マリア」は布団の中で家族にバレないようにこっそり録音した曲だったそうで、「他人にはとてもじゃないけど聴かせられない」と話しています。

 

また北川さんは中学生のころから漫画を描きはじめています。

 

 

【主な卒業生】

原英莉花(プロゴルファー)

神取忍(プロレスラー)

 

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北川悠仁の学歴~出身高校(横浜高校)・大学の詳細

  

出身高校:神奈川県 横浜高校 偏差値43(容易)

 

 

「ゆず」北川悠仁さんの出身高校は私立の男子校(当時)の横浜高校です。

 

この高校は1942年開校の私立高校で、部活動が盛んなことで知られています。

 

特に硬式野球部が全国的な強豪として知られており、多くのプロ野球選手を輩出しています。

 

またプロ野球の巨人やヤクルトで活躍した斉藤宜之さんや横浜ベイスターズなどで活躍した多村仁志さんは、この高校の同期です。

 

後に「ゆず」を結成することになる岩沢厚治さんとは中学時代は同級生でしたが、別々の高校に進学しています。

 

そのため高校時代は疎遠になっていました。

 

北川さんは高校時代はバスケット部に在籍して、部活動に打ち込んでいました。

 

漫画「スラムダンク」に憧れて入部しましたがバスケット部の練習はかなり厳しかったそうで、中学時代までは肥満体型でしたがみるみる痩せていきました。

 

ただし北川さんは高校時代からバスケットボールをはじめたこともあり、レギュラーにはなれませんでした。

 

また高校2年生の夏に指を骨折したことが原因で、バスケットボール部は退部しています。

 

その際には岩沢さんの実家の「岩沢接骨院」で治療を受けています。

 

とは言えその後もバスケットボール愛は変わらず、当時からNBAのオールスターゲームやファイナルを観戦することが夢でした。

 

そして北川さんは「ファイヤーガンズ」というバンドを結成して、以降は音楽活動に没頭しています。

 

ちなみに北川さんは中学時代からドラムをやっていたので、バンドではドラムを担当していました。

 

また高校時代は大学に進学するつもりで大学受験にも臨んでいますが、受験には失敗してしまっています。

 

【主な卒業生】

松坂大輔(プロ野球選手)

鈴木みのる(プロレスラー)

上地雄輔(タレント)

 

大学には進学していない

 

そして北川悠仁さんは高校卒業後は、大学などに進学していません

 

大学受験をしたものの入試で失敗してしまい、浪人することを決意したところ劇団に所属する知人に勧められて一時期は役者として活動していたそうです。

 

その後1995年に相方の岩沢厚治さんが中学時代の友人とバンドを結成した際に北川さんをドラムに誘いました。

 

 

そして岩沢さんの路上ライブを兄と見に行ったときに鳥肌が立つほど感動したそうで、「一緒にやりたい」と話したそうです。

 

岩沢さんが高校時代の友人と結成していたバンドは解散し、2人での活動が始動しました。

 

 

路上ライブをしていたところ事務所の社長が名刺を渡し、スカウトされたそうです。

 

 

俳優を志していた北川さんは「エコエコアザラク」などのテレビドラマに加えてポルノ系のビデオにも出演経験があります。

 

なおミュージシャンとして成功後の2008年には、連続ドラマ「イノセント・ラヴ」に準主役として出演しています。

 

2011年にはフリーアナウンサーの高島彩さんと結婚し、山梨県の身曾岐神社で挙式しています。

 

 

そして2019年には漫画家としてデビューをしており、インタビューで次のように話しています。

 

 

「小さい頃からマンガが大好きで、中学生のときの夢は漫画家になることでした。ですから今回、30年近い時を経てその夢が叶ったような(笑)。すっごく、うれしいです!」

記事引用:OurAge

 

以上が「ゆず」北川悠仁さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

在籍する「ゆず」はメジャーデビュー後はいきなりブレイクして、日本の音楽界を代表するデュオになっています。

 

 

また北川さんは音楽活動のほか、俳優としてもテレビドラマや映画に出演しています。

 

今後のさらなる活躍にも期待が高まります。

 

 

経歴・プロフィールの詳細

 

19963月に岩沢厚治と「ゆず」を結成。 

路上でのパフォーマンスが話題となり、1997年にデビュー。 

1stシングルの「夏色」、2ndシングルの「少年」が立て続けに売れてブレイク。 

1999年にリリースした2ndアルバム「ゆずえん」で、初のオリコン1位を獲得。 

2000年の9thシングル「嗚呼、青春の日々」が初めてオリコンシングル1位を記録。 

2003年にNHK紅白歌合戦に初出場。 

その後もコンスタントにヒットを飛ばし、シングルでは2ndから43thまで42作連続トップ10入りを果たしている(201612月現在) 

アルバムは13作中8作でオリコン1位を獲得。

 

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