未唯mieの学歴と経歴|出身高校大学や中学校の偏差値と若い頃のかわいい画像

 

歌手の未唯さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りします。若い頃は「ピンクレディー」のメンバーとして一世を風靡した未唯さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、当時のかわいい画像なども併せてご紹介いたします

 

未唯mie

 

 

195839日生

身長163

血液型はA型

 

静岡県静岡市出身の歌手、女優、タレント

本名は根本美鶴代(みつよ)、旧芸名はミー、MIE

 

以下では未唯さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

未唯の学歴まとめ

 

出身大学:進学せず

出身高校:常葉高校

出身中学校:南部町立南部中学校→静岡市立末広中学校

出身小学校:静岡市立三番町小学校→南部町立栄小学校

 

未唯の学歴~出身小学校(静岡市立三番町小学校・南部町立栄小学校)の詳細

 

出身小学校:静岡県 静岡市立三番町小学校

※現在は静岡市立番町小学校

※後に転校

 

 

未唯さんが入学したのは、地元静岡市内の公立校の三番町小学校です。

 

この小学校は2006年に静岡市立一番町小学校と統合されて、現在は静岡市立番町小学校になっています。

 

家族構成は両親と弟の4人家族です。

 

未唯さんは子供の頃から母親との関係が上手くいっておらず、母親から愛されたい、理解されたいという思いをずっと抱いていたといいます。

 

なかなか心を通わせることができない関係が続いていたとのことです。

 

子供の頃を振り返って「厳しい家庭で育った」と家庭環境を語っています。

 

未唯さんは小学6年生の時に、山梨県の南部町立栄小学校に転校をしています。

 

 

山梨県に転居したのは、父親の仕事の都合でした。

 

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未唯の学歴~出身中学校(南部町立栄小学校・静岡市立末広中学校)の詳細

 

出身中学校:山梨県 南部町立南部中学校 偏差値なし

※後に転校

 

 

未唯さんが入学したのは、山梨県南部町内の公立校の南部中学校です。

 

ただし中学1年生の途中で再び静岡市に戻ったことから、静岡市立末広中学校(偏差値なし)に転校しています。

 

 

中学時代は演劇部に在籍をしていました。

 

南部中学校では演劇部に所属していましたが、末広中学校には演劇部がなかったことから自ら創部しています。

 

未唯さんはもともと自分が思ったことを言葉にして伝えることが苦手な子供でした。

 

しかし演劇部に入ったことで表現することが得意になっており、このことについてはインタビューで次のように話しています。

 

「演劇部に入ってお芝居に出会ったことが大きかったですね。ほかの誰かを演じてみたり、歌ったりすることで言葉の代わりに自分の感情を表現できると分かり、表現することに生きがいを感じるようになりました」

引用元:ENCOUNT

 

また当時は役者を志しており、このことについてはインタビューで次のように話しています。

 

「両親が厳しく、自分の言葉で気持ちを表せなかったのが、台詞に乗せ、形を借りれば気持ちを表に出せて、うれしかった」

引用元:zakzak

 

しかし未唯さんはソロシンガーを志すようになっており、このきっかけについてはインタビューで次のように話しています。

 

「森昌子ちゃんのデビューコーナーがある放送回で、ゲストの和田アキ子さんが昌子ちゃんを膝に乗せ、かわいがっている姿を見て、歌手になろうって。厳しい両親だったので、かわいがられることに飢えていたのかも」

引用元:zakzak

 

中学2年生の時に増田啓子さんが転校をしてきて、演劇部に入ったことから2人は出会って意気投合しています。

 

【静岡市立末広中学校の主な卒業生】

美保純(女優)

 

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未唯の学歴~出身高校(常葉高校)・大学の詳細

 

出身高校:静岡県 常葉高校 偏差値40台前半(当時)

※現在は常葉大学附属常葉高校

 

 

未唯mieさんの出身高校は、私立の女子校の常葉高校です。

 

この高校は1948年開校の私立高校で、スポーツが盛んなことで知られています。

 

特にバスケットボール部は全国的な強豪として知られています。

 

増田さんもこの高校に進学しています。

 

そして高校1年生だった1973年にヤマハのオーディションにそれぞれ参加をしたところ、授業料が免除の特待生として合格をしてヤマハボーカルスクールに通いはじめました。

 

当時の未唯さんはソロでデビューをするためにレッスンを受けていました。

 

ヤマハの講師から2人の声質は全く違うけれど、それが良いハーモニーになると言われており、芸能界は怖いため2人で一緒に活動することを勧められています。

 

そして未唯さんと増田さんは1974年にデュオ「クッキー」を結成し歌や踊りも共に磨いていき、ヤマハなどのイベントにも出場するようになってプロデビューを目指していました。

 

未唯さんは当時の目標についてインタビューで次のように話しています。

 

「日本でも放送されていた『ソウル・トレイン』というアメリカの音楽番組が大好きで、自分も歌って踊れるシンガーになりたいって憧れていました。ケイとデュオを組んでからはソウル系のコーラスグループの歌を聴くようになりましたね」

引用元:zakzak

 

2人はどうすればプロになれるのかということを話し合いながら切磋琢磨していました。

 

そして将来的にヤマハからデビューすることは決まっていましたが、はっきりとした日にちは決まっていませんでした。

 

高校3年生の夏ごろに校長先生から卒業後の進路を決めるように言われましたが、歌手になるという夢を諦めきれずに先生に「二兎追う者は一兎も得ず」ということわざもあると言って歌手を諦めませんでした。

 

そして高校卒業間近の1976年3月に、オーディション番組「スター誕生」に出場してデビューのきっかけを掴んでいます。

 

 

【主な卒業生】

酒井美紀(女優)

 

未唯mieさんは高校卒業後は大学などに進学していません。

 

高校時代に「ピンクレディー」として卒業後のデビューが決まっていたため、芸能活動に専念しています。

 

そして高校を卒業した1976年8月に、ファーストシングル「ペッパー警部」でメジャーデビューを果たします。

 

 

すると楽曲は60万枚の大ヒットとなって、いきなりブレイクしています。

 

以降も「S.O.S」や「ウォンテッド」、「UFO」が大ヒットして、1970年代を代表するアイドルになっています。

 

 

23歳だった19813月にピンクレディーは解散し、未唯さんは同年7月に1stシングル「ブラームスはロックがお好き」でソロ歌手デビューしています。

 

女優としても活動しており、「茜さんのお弁当」や「セーラー服通り」、「夏・体験物語Ⅱ」などの連続ドラマに出演しています。

 

 

またタレントとしても活動しており、多くのテレビ番組にも出演してきました。

 

 

根強い人気を誇る人物だけに、末永い活躍を期待したいところです。

 

 

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