中川翔子の学歴|出身高校中学校や大学の偏差値|壮絶なイジメに遭っていた

 

人気タレントの中川翔子さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は中川さんは中学時代に壮絶なイジメに遭っています。学生時代のエピソードや情報、当時のかわいい画像なども併せてご紹介いたします

 

中川翔子(なかがわ しょうこ)

 

中川

 

198555日生

身長156

血液型はA型

 

東京都出身のタレント、女優

本名は中川しようこ、愛称はしょこたん

 

以下では中川翔子さんの出身中学校や高校の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介していきます




 

経歴・プロフィールの詳細

 
幼いころから子役として活動し、2001年に雑誌「ポポロ」のオーディションでグランプリを獲得。

2002年にミスマガジンに選ばれてグラビアアイドルとしても人気を博す。 

同年のドラマ「ビッグマネー」で女優デビュー。 

2004年ごろからタレントとしてバラエティ番組に出演しはじめ、「王様のブランチ」や「どうぶつ奇想天外!」などの人気番組にレギュラーとして出演。 

2006年に歌手デビューし、翌年の3rdシングル「空色デイズ」はオリコン3位のヒットとなり、NHKの紅白歌合戦にも出場。 

女優としても大河ドラマの「軍師官兵衛」や朝ドラ「まれ」などのテレビドラマに出演経験がある。

映画でも「マギカ調べ」や「ヌイグルマーZ」などの主演作がある。

 

中川翔子の学歴~出身高校・大学の詳細

 

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出身高校:大原学園高校 通信制 偏差値なし

 

 

 

中川翔子さんの出身校は、通信制の大原学園高校です。

 

この高校は東京の千代田区にあり、平日コースや土曜コースなどを設置している学校です。

 

また同校は書類審査と作文、面接のみの試験なので偏差値はありません。

 

 

後述するように中川さんは中学時代に陰湿なイジメに遭っており、高校は登校日数が少なくて済む通信制の高校に進学しています。

 

また中学校は中高一貫校に通学していたのですが、母親の提案で通信制のこの高校に進学したことをインタビューで明らかにしています。

 

「ただ、中高一貫の高校に進むのは無理ってなっていた私に、母は違う通信制の高校を提案してくれました。当時はネットが自分の居場所みたいな感じになっていて、先のことまで考える余裕はなくなっていたので、親が提案してくれて、そしてずっと味方であってくれたのはありがたかったですね」

 

そのため高校ではイジメられることはなくなりましたが、当時の同校にはヤンキーがたくさん在籍していたとのこと。

 

また子供の頃から子役として芸能活動をはじめていましたが、高校時代も芸能活動は継続しています。

 

そして中川さんは高校1年生だった2001年に「ポポロガールオーディション」でグランプリを獲得して注目を集めます。

 

 

またこの年に母親と香港に行った際に、ジャッキー・チェンさんの店で本人と遭遇したことをきっかけに、ジャッキーさんの所属事務所の日本支部に所属することになります。

 

以降はグラビアアイドルとして本格的に活動を開始して、高校2年生の時には準グランプリにあたる「ミス週刊少年マガジン」に選ばれています。

 

 

ちなみに後に人気グラビアアイドルとなる安田美沙子さんも、このコンテストで「ミスヤングマガジン」に選ばれています。

 

また後に人気タレントになる若槻千夏さんもこのオーディションに参加していますが、グランプリに輝いたのはかきタレントの和希沙也(後に倉本清子に改名)でした。

 

また意外にも同じ年には戦隊モノの「特捜戦隊デカレンジャー」に1話のみですが出演しています。

 

 

ただしこの年にジャッキー・チェンさんの事務所の日本支部は閉鎖となってしまい、以降はワタナベエンターテインメントへの移籍を余儀なくされています。

 

後述するように中川さんは中学時代に壮絶なイジメに遭っていましたが、高校時代に知名度が大幅に上昇したので、仕事中心の高校生活でした

 

なお中川さんは運動やスポーツが非常に苦手で、高校時代に体育で1をとったことがあることをインタビューで話しています。

 

それでも高校時代は仕事と学業を両立させて、同校を無事に卒業しています。

 

 

【主な卒業生】

平野美宇(卓球選手)

 

そして中川さんは高校卒業後は大学に進学せずに、芸能活動に専念しています。

 

通信制の高校に進学するくらいですから、もともと大学などには進学するつもりはなかったのかもしれません。

 

とは言え高校卒業後は活動の幅を広げて、20歳だった2005年には「王様のブランチ」にレギュラーとして起用されています。

 

 

また後に中川さんの代名詞となるブログもこの頃からはじめています。

 

21歳だった2001年にはファーストシングル「Briliant Dream」で歌手デビューも飾っています。

 

 

またその翌年には3rdシングル「空色デイズ」がオリコン3位のヒットとなって、NHK紅白歌合戦に初出場しています。

 

 

 

また女優やタレントとしてもマルチに活動を展開して、数々のテレビ番組に出演しています。

 

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中川翔子の学歴~出身中学校の詳細

 

出身中学校:東京文化中学校 偏差値44(容易・当時)

※現在は新渡戸文化中学校

 

 

 

中川翔子さんの出身中学校は、私立の女子校(当時)の東京文化中学校です。

 

この学校は2010年に校名を新渡戸文化中学校に改称し、2017年からは男女共学となっています。

 

中川さんは中学校時代はイジメに遭っていたこともあり、この中学校の出身者であることを公表はしていませんが、インターネットやツイッター上には複数の在籍情報もあります。

 

 

 

中川さんは中学校時代から中川薔子の芸名で子役として活動しています。

 

中川2

(中学時代)

 

中学校では部活に入部していませんが、中学1年生の時に祖母からパソコンを買ってもらって、放課後は家に直帰してパソコンに熱中していたことをインタビューで話しています。

 

当時は1998年ですからかなり早い時期からパソコンをはじめています。

 

また当時は人付き合いが苦手だったことや芸能活動をしていたことから、中学1年生の頃からイジメられています。

 

「1人で絵を描いていたら「オタク」って言われたり、芸能や恋愛話にもうまく乗っかれなくて。そのうち「あいつ、変じゃない?」って陰口を言われるようになり、気がついたらスクールカーストの底辺にいました。ボスグループの子たちに「キモい子」というレッテルを貼られてしまったのです」

 

しかしそれでも中川さんは学校には登校し続けたとインタビューで話しています。

 

「「負けてたまるか」と思って、学校は行っていました。親や先生には相談しなかった」

 

それでも中学3年生の時に中川さんがいじめっ子に仕返しをしたことから、イジメがエスカレートしていきました。

 

「あるとき、私の靴箱がへこんでいて。誰がやったのか、明らかに聞こえるように言ってきたんです。私、やりかえしちゃったんですよね。相手の靴箱に。そうすると今度は、私の靴箱がもっとベコベコになっていて。数少ない友達にそれを見られているのも恥ずかしかった」

 

 

靴がなくなったことで先生に相談したところローファーを貸してくれたのですが、あろうことにその先生からローファー代を請求されたことで人間不信となって、以降は学校にも通学しませんでした。

 

「え、なに? やったもん勝ちなの?」って。もう、大人も信用できない。どうせ私は嫌われる星に生まれたんだ、と。そこから学校に行かなくなってしまって。

 結局、一番やりたくなかった、泣いたり、学校休んだり、そういうことになっちゃったのが、すごく悔しかったから。「もう行かない」となったら、卒業式も行かなかった

 

明るいキャラクターで知られている中川さんですが、中学校時代は3年間もイジメられ続け、それに耐える毎日を送っていました。

 

 

ちなみに中川さんは著書「死ぬんじゃねーぞ!!」でイジメのサインとして数々の例を挙げていますが、恐らくはすべて自身で体験したことに基づくものでしょう。

 

・持ち物がなくなる、壊れている、汚れている 

・持ち物に落書きがある

・学校に行きたがらない

・口数が少なくなる

・腹痛や胃痛など体調不良が多くなる

・仲の良かった友達と遊ばなくなる

・授業参観など学校からのお知らせを隠すようになる

・笑わなくなる

・乱暴な行動や言葉づかいが多くなる

 

加えて中学3年生の時に前記の「ポポロガールズコンテスト」にエントリーしていますが、このこともクラスメイトに知られてしまいこれが原因でイジメにも遭っています。

 

まさに中川さんの中学校時代は3年間にわたるイジメとの戦いでした。

 

なお中川さんはこのような過酷なイジメに遭っても、「ネット」という逃げ場があったから助かったとインタビューで話しています。

 

「もしあの時ネットという逃げ場がなかったら、私は無理だったと思います。当時はパソコンが普及し始めた頃で祖母が買ってくれたのですが、本当に助けられました」

 

またお母さんも支えてくれたようです。

 

「母が私の好きなことによく付き合ってくれていました。父が早くに亡くなっているので、母は仕事が忙しかったというのもあるかもしれませんが、あまり「勉強しろ」とは言いませんでした。距離感が友達みたいな感じだったので、私がネットで見つけたおもしろいこととかを話すのを聞いてくれたり、夜中まで好きな映画を一緒に観てくれたり。そういう時間が楽しみで」

 

ちなみに当時の中川さんは男子生徒にまったく免疫がなく、中学校の学園祭で他校の男子生徒にナンパされた際にはパニックになって吐いてしまっています。

 

加えて中学時代から女優の片瀬那奈さんの大ファンで、グラビアなどをスクラップブックに収集していました。

 

なおこの中学校の生徒は系列校の東京文化高校にエスカレーター式に進学できますが、前記のように中川さんは内部進学を辞退して通信制の高校に進学しています。

 

【主な卒業生】

イルカ(歌手)

 

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中川翔子の学歴~出身小学校の詳細

 



 

出身小学校:東京都 中野区立桃園第三小学校

※現在は中野区立桃花小学校

 

 

 

中川翔子さんの出身小学校は、中野区内の公立校の桃園(ももぞの)第三小学校です。

 

この小学校は統合によって2008年に閉校して、現在は中野区立桃花小学校になっています。

 

家族構成は両親と本人の3人家族です(ひとりっ子)

 

 

父親はミュージシャンの中川勝彦さんですが、中川さんが9歳の時に白血病で亡くなっています。

 

 

中川さんは幼稚園時代までは妄想癖があって、ひとりで遊ぶのが好きな少女でした。

 

幼稚園時代からジュニアモデルとして芸能活動を開始しています。

 

 

ちなみにジュニアタレント時代にハウスのCMの「加厘工房」のオーディションに出場して、最終候補まで残っています。

 

その際には「具が大きい」というフレーズを言うのを断ったことから落ちています。

 

なおCMには安達祐実さんが採用されて、このフレーズとともに話題になっています。

 

 

小学校時代はマンガクラブに在籍しており、絵を描くのが大好きでした。

 

当時は「セーラームーン」が大のお気に入りでした。

 

そのため学校では毎年、文集や運動会のプログラムに使う絵を担当していました。

 

その反面子供の頃から体が弱かったことから、運動やスポーツは苦手で、本人も嫌いでした。

 

父親が亡くなった後は母親が銀座でママとして働くなどして、娘を育てています。

 

 

なお当時から団体行動が苦手で、他人とコミュニケーションをとることが苦手でした。

 

以上が中川翔子さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。 

 

高校時代に本格的にデビューを飾りましたが、その後の活躍は周知の通りで、グラビアアイドル、歌手、タレント、女優など様々なジャンルで人気を博し、多くのCMにも出演していました。

 

現在もかなりマルチに活動しており、バラエティ番組などでも人気者です。

 

 

既に年齢は30代に突入していますが、年齢を感じさせない若々しさで末永い活躍を期待したいところですね。

 

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