俳優の辰巳琢郎さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りします。インテリ俳優としてクイズ番組などでもお馴染みの辰巳さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします
辰巳琢郎(たつみ たくろう)
1958年8月6日生
身長180㎝
血液型はB型
大阪府大阪市出身(石川県生まれ)の俳優、タレント
本名同じ
以下では辰巳琢郎さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
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辰巳琢郎の学歴まとめ
出身大学:京都大学 文学部
出身高校:大阪教育大学附属高校天王寺校舎
出身中学校:大阪教育大学附属天王寺中学校
出身小学校:大阪市立敷津小学校
辰巳琢郎の学歴~出身小学校(大阪市立敷津小学校)の詳細
出身小学校:大阪府 大阪市立敷津小学校
辰巳琢郎さんの出身小学校は、地元大阪市内の公立校の敷津小学校です。
家族構成は両親と2歳年下の弟の4人家族です。
父親は大阪市役所に勤務していました。
父親が読書好きだったことから、辰巳さんも子供の頃から多くの本を読んでいました。
意外にも幼い頃は極度の人見知りでした。
その一方で小学校時代から勉強が得意で、成績はオール5でした。
オール5をとるほどなのでスポーツも得意で、小学校時代は野球をやっていました。
また小学校時代に学級委員などを務めていました。
辰巳琢郎の学歴~出身中学校(大阪教育大学附属天王寺中学校)の詳細
出身中学校:大阪府 大阪教育大学附属天王寺中学校 偏差値65(難関)
辰巳琢郎さんの出身中学校は、国立の共学校の大阪教育大学附属天王寺中学校です。
当時のこの中学校は大阪府内でも最難関の中学校でした。
辰巳さんはこの中学校に中学受験で入学しており、かなりの学力を有していました。
当時からこの中学校は自由な校風だったことから、中学校・高校時代は伸び伸びと過ごしたことをインタビューで明らかにしています。
また辰巳さんは中学時代から映画に熱中しており、かなりの本数の映画を見ていました。
学校の友達と映画の同人誌を作ったこともあるほどです。
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辰巳琢郎の学歴~出身高校(大阪教育大学附属高校天王寺校舎)の詳細
出身高校:大阪府 大阪教育大学附属高校 天王寺校舎 偏差値76(超難関)
辰巳琢郎さんの出身高校は、国立の共学校の大阪教育大学附属高校天王寺校舎です。
この高校は1956年開校で古くから府内でもトップレベルの進学校として知られて、多くの人材を政財界に輩出しています。
辰巳さんはこの高校の系列の中学校に通学していたので、高校には内部進学で進んでいます。
高校ではテニス部に入部して、部活動にも打ち込んでいました。
高校2年生の時につかこうへいさんの舞台を観て役者を志し、高校でも演劇愛好会を立ち上げています。
このように辰巳さんはガリ勉タイプではなく、中学校・高校時代は勉強以外のことにも熱中していたので、意外にも学校の成績は悪く、下から数えたほうが早かったとインタビューで述べています。
ただし高校2年生の終わりの春休みから大学受験の勉強をはじめて、以降は猛勉強をしています。
【主な卒業生】
上西小百合(元衆議院議員)
山中伸弥(学者・ノーベル賞受賞)
宇治原史規(お笑い・ロザン)
菅広文(お笑い・ロザン)
エハラマサヒロ(お笑い芸人)
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辰巳琢郎の学歴~出身大学(京都大学)の詳細
出身大学:京都大学 文学部 偏差値68(超難関)
辰巳琢郎さんは高校卒業後は、最難関の国立大学のひとつ京都大学に進学しています。
現役の一発合格を果たしており、かなりの頭脳明晰ぶりが窺えます。
京都大学を選んだのは父親の出身大学だったからです。
ちなみに前記のように高校時代の成績が悪かったことから、この大学に現役合格した際には学校の先生や友達に驚かれています。
大学では文学部に在籍していました。
大学在学中に、劇団「卒塔婆小町」(そとばこまち)を主宰して、関西圏の人気劇団になります(生瀬勝久さんらも在籍)。
ただし劇団での活動の影響で大学へはあまり通えず、7年かけて卒業しています。
そして大学を卒業した1984年に、NHKの朝ドラ「ロマンス」の準主役に抜擢されて、全国区の人気を得ています。
また1991年から出演した「くいしん坊万歳!」も好評でした。
以降の活躍は目覚ましく、俳優やタレントとして数えきれないほどのテレビ番組に出演してきました。
特に若い頃からクイズ番組に多く出演しており、その博識ぶりから「元祖インテリ俳優」とも呼ばれています。
未だに高い人気を誇っていることから、末永い活躍を期待したいところです。
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経歴/プロフィールの詳細
大学在学中に劇団を主宰して舞台で活動。
1984年にNHKの朝ドラ「ロマンス」でヒロインの相手役に抜擢されて、いきなりブレイクを果たす。
1980年代後半からタレント活動をはじめて、「連想ゲーム」や「くいしん坊!万才」、「平成教育委員会」などに出演して人気者となる。
1992年の「女殺油地獄」で映画初出演。
1994年から「浅見光彦シリーズ」(初代)に主演(2000年まで)
「タイムショック」や「雑学王」、「Qさま」などの多くのクイズ番組に出演しており、「芸能界のクイズ王」の異名をとる。
26歳の時に薬剤師の女性と結婚して一男一女をもうけ、長女はソプラノ歌手の辰巳真理恵。
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