吉田鋼太郎の学歴|出身は上智大学・聖パウロ学園高校!中学校の偏差値と若い頃のかっこいい画像

 

俳優の吉田鋼太郎さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。吉田さんは高校時代は女子生徒と文通をおこなっていましたが、後に失恋してしまっています。学生時代のエピソードや情報、若い頃のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします

 

吉田鋼太郎(よしだ こうたろう)

 

02

 

1959114日生

身長174

血液型はB型

 

東京都出身の俳優

本名同じ

 

以下では吉田鋼太郎さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介します

 

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目次

吉田鋼太郎の学歴まとめ

 

出身大学:上智大学 文学部ドイツ文学科(中退)

出身高校:聖パウロ学園高校

出身中学校:日野市立日野第三中学校

出身小学校:賢明学院小学校

 

吉田鋼太郎の学歴~出身小学校の詳細

 

出身小学校:大阪府 賢明学院小学校

 

 

 

吉田鋼太郎さんの出身小学校は、私立の共学校の賢明学院小学校です。

 

この小学校は大阪府堺市にあるカトリック系のミッションスクールです。

 

家族構成は両親がいることはわかっていますが、きょうだいについては不明です。

 

 

意外にも吉田さんは子供の頃は体が弱く、母親の勧めで合気道をおこなっていました。

 

なお東京都の出身ですが、小学校6年間は大阪府に在住していました。

 

中学校に上がるタイミングで東京都日野市に移住しています。

 

吉田鋼太郎の学歴~出身中学校(日野市立日野第三中学校)の詳細

 

出身中学校:東京都 日野市立日野第三中学校 偏差値なし

 

 

 

吉田鋼太郎さんの出身中学校は、地元日野市内の公立校の日野第三中学校です。

 

中学・高校を通じて部活動などはおこなっていなかったようです。

 

吉田さんは中学時代もフォークギターをやっていました。

 

当時から「活字中毒」と呼ぶほど本をかなり読んでいたとインタビューで話しています。

 

その頃は部屋でもトイレでも風呂でも読書をしていたそうです。

 

ちなみに前記の高校時代に文通をしていた相手の女性は中学時代の同級生でした。

 

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吉田鋼太郎の学歴~出身高校(聖パウロ学園高校)の詳細

 

出身高校:東京都 聖パウロ学園高校 偏差値47(やや容易)

 

 

 

吉田鋼太郎さんの出身高校は、私立の男子校(当時)の聖パウロ学園高校です。

 

この高校は1948年開校のカトリック系のミッションスクールです。

 

同校は入学時の偏差値こそあまり高くないものの、定員が80人あまりで徹底した少数教育を施すため、難関大学に進学する生徒もいます。

 

また修学旅行の行先はイタリアのローマで、ローマ教皇の一般謁見に参加するなど、ミッションスクールらしい一面もあります。

 

吉田さんが在籍した当時は全寮制の男子校でしたが、2002年の共学化に際して全寮制は廃止しています。

 

なお吉田さんは高校時代は3年間寮生活を送っていました。

 

高校時代はフォークバンドを組んでおり、ギターを担当していました。

 

また同校在籍時に先生からもらったチケットで観たシェイクスピア喜劇に感銘を受けて、役者を志すことを決意しています。

 

ちなみに吉田さんは高校時代に文通をして想いを寄せていた女性がいましたが、突然返事が来なくなって淡い恋に終わったそうです。

 

なおこの高校はカトリック系なので、同じカトリック系の上智大学には当時からカトリック校推薦制度があったようです。

 

吉田さんもその制度を利用して大学に進学しています。

 

【主な卒業生】

谷隼人(俳優・中退)

市川準(映画監督)

 

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吉田鋼太郎の学歴~出身大学(上智大学)の詳細

 

出身大学:上智大学 文学部ドイツ文学科(中退) 偏差値63(やや難関)

 

 

 

吉田鋼太郎さんは高校卒業後は、上智大学に進学します。

 

ただし大学には一般受験ではなく、推薦入学での進学です。

 

また吉田さんは高校時代からシェークスピアが好きだったことから英文学科への進学を希望していましたが、看板学科の英文学科への推薦入学には高校時代の成績が足りませんでした。

 

そのため担任の先生にとりあえず独文に入学して、入学後に転科することを勧められて大学に進学しています。

 

大学では文学部に在籍して、ドイツ文学を専攻していました。

 

また在学中はシェイクスピア研究会に在籍しています。

 

ここで役者としてのキャリアをスタートさせています。

 

ただしインタビューでは当初は役者をやるつもりはなかったと話しています。

 

「そのときはまだ、役者をやろうとは思ってなかったんです。テレビ局に勤めたいとか、マスコミ関係の仕事がしたいとは思っていたんですけど。何しろ頭の悪い学生だったもので、とりあえず大学に行こうと思いまして。」

 

 

舞台出演後は役者にどっぷりとハマり本格的に舞台俳優を目指すために、時期は不明ですが大学は中退しています。

 

その後は劇団四季にも入団していますが、わずか半年間で退団しています。

 

退団の理由については、吉田さんは歌も踊りもできなかったからとインタビューで話しています。

 

その後は数多くの舞台を経験し、高い演技力や作品の理解力が必要なシェイクスピアやギリシャ悲劇などの舞台で活躍。

 

 

40代までは世間的な認知度は低かったものの、蜷川幸雄のシェイクスピア作品の常連でしたし、舞台の世界では大物になりました。

 

テレビドラマでは54歳だった2013年に出演した「半沢直樹」でブレイクして、人気俳優の仲間入りを果たしています。

 

 

現在も多くのドラマや映画で活躍しています。

 

以上が吉田鋼太郎さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

俳優デビュー後は主に舞台で活躍して、特にシェークスピア劇では有名な存在でした。

 

ただしなかなか世間の知名度は上がりませんでした。

 

それでも50歳を過ぎて「半沢直樹」でブレイクして、以降も数々の人気作に起用されています。

 

 

どのような役でも演じ切れるほどの高い演技力で作品を盛り上げていますから、末永い活躍を期待します。

 

経歴/プロフィールの詳細

 

当初は劇団四季に入団するも半年で退団して、シェイクスピアシアターなどの劇団に所属。 

多くの舞台出演を経験した後に、1997年に劇団AUNを旗揚げ。 

以降も蜷川幸雄ら著名な演出家の舞台に出演。 

1998年の「徳川慶喜」でドラマ初出演。 

2009年の「守護天使」で映画初出演。 

2010年からテレビドラマの出演が増えて、「半沢直樹」や「花子とアン」などの話題作への出演で知名度が上がる。 

2014年の「東京センチメンタル」で連続ドラマ初主演。 

教養番組のナレーションや洋画の吹き替えなども手掛ける。 

私生活では事実婚を含めて4度結婚しており、20161月に一般人女性と4度目の結婚をした。

 

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