裕木奈江(ゆうき なえ)
1970年5月12日生
身長159㎝
神奈川県出身の女優
本名は田澤奈江
経歴/プロフィールの詳細
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1988年の映画「ソウル・ミュージック・ラバーズオンリー」に、本名で出演して女優デビュー。
芸名を裕木奈江に改名した1990年に、「曖・昧・Me」で映画初主演。
同年の「東京ストーリズ」でテレビドラマ初出演。
また1stシングル「硝子のピノキオ」で歌手デビュー。
1991年の「ふぞろいの林檎たちⅢ」で連続ドラマ初出演。
1992年の「ウーマンドリーム」で連続ドラマ初主演。
以降も多くの作品に出演して、テレビドラマの代表作は「ポケベルが鳴らなくて」や「陽のあたる場所」、「うちの母ですが…」など。
2006年に出演した映画「硫黄島の手紙」以降、NAE名義で海外映画にもたびたび出演している。
2018年の「FINAL CUT」で23年ぶりに民放の連続ドラマに出演した。
私生活では1999年に11歳年上のヘアメークアーティストと結婚してロサンゼルスに移住するも、2009年に離婚した。
学歴~出身中学校・高校の詳細
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出身高校:神奈川県 都岡高校 偏差値40(容易)
※現在は横浜旭陵高校
裕木奈江さんの出身校は、県立の共学校の都岡高校です。
同校は2004年に中沢高校と統合されて、現在は横浜旭陵高校となっています。
裕木さんは横浜市立三ツ境小学校から横浜市立立原中学校を経て、同校に進学しています。
高校時代には既に女優志望で、高校2年生の時から島田陽子さんや樋口可南子さん、賀来千香子さんらを輩出した伊藤正次演劇研究所に入所して演技を勉強しています。
そして高校3年生の時には映画の端役で女優デビューを飾っています。
学歴~出身大学の詳細
出身大学:進学せず
裕木奈江さんは高校卒業後は大学などに進学せずに、芸能活動に専念しています。
高校を卒業すると本格的に女優としての活動を開始して、オーディションを経て様々な映画に出演。
その傍ら、東京アクターズスタジオに通学して、さらに演技を磨きます。
その甲斐あって1990年代前半には女優として多くの作品に起用されたほか、歌手やラジオのパーソナリティとして活躍して、アイドル的な人気も誇っていました。
結婚後は海外に移住したこともあって、メディアへの露出も激減しました。
しかしここに来ての久々のドラマ出演は、ファンに朗報となりました。
根強い人気を誇るだけに、今後の動向も気になります。
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