宇梶剛士の学歴と経歴|出身高校大学や中学校の偏差値|暴走族の総長だった!

 

俳優の宇梶剛士さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は宇梶さんは高校時代にグレており、暴走族「ブラックエンペラー」の総長を務めていたほどでした。学生時代のエピソードや情報、当時の画像なども併せてご紹介いたします

 

宇梶剛士(うかじ たかし)

 

 

1962815日生

身長188

血液型はB型

 

東京都新宿区出身の俳優、タレント

本名同じ

 

以下では宇梶剛士さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします




 

経歴/プロフィールの詳細

 

1981年のドラマ「警視庁殺人課」で津村浩名義で俳優デビュー。 

1982年の「制覇」で映画初出演。 

1980年代後半から「君が嘘をついた」や「愛しあってるかい!」、「ハートに火をつけて!」などのトレンディドラマに脇役として出演して知名度が上昇。 

以降は多数の作品に出演しており、テレビドラマでの代表作は「未成年」や「新選組!」、「ストベリーナイト」など。 

「押忍!空手部」や「GTO」、「HEAT」などの映画に出演している。 

2004年の「お父さんのバックドロップ」で映画初主演。

 

宇梶剛士の学歴~出身高校(拓殖大学第一高校・明治大学中野高校)の詳細

 

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出身高校:東京都 拓殖大学第一高校(中退) 偏差値40台(当時)

※明治大学附属中野高校・定時制課程(偏差値40)を卒業

 

 

 

宇梶剛士さんは中学校卒業後は、私立の共学校の拓殖大学第一高校に入学をしています。

 

この高校は1948年開校の私立高校で、部活動が盛んなことで知られています。

 

また同校は現在は進学実績が向上して偏差値も上昇していますが(偏差値61~68)、宇梶さんが在籍した当時は都立高校の滑り止めのような存在で、現在よりもかなりレベルが下でした。

 

高校時代は野球部に在籍をしていました。

 

野球部ではエースとして活躍をしており、プロ野球のスカウトが見にくるほどで将来有望な選手として期待されていました。

 

しかし当時のこの高校の野球部では先輩からの壮絶な体罰があり、宇梶さんが体罰への不条理を訴えたことから学校側の隠ぺいにあい野球から切り離されることになります。

 

そのため1年間ほど野球のボールに触ることも許されませんでした。

 

このような経験があったことから、宇梶さんは大人を信用できなくなっています。

 

また友人と暴力事件を起こしてしまったことで、逮捕をされて少年鑑別所に入所しています。

 

このあたりの経緯については、次のように話しています。

 

「進学した高校では野球部の指導がきつく、2年に上がるとき同学年の部員と練習をボイコットしました。当時から鼻っ柱が強く目立ったせいか首謀者にさせられ、グラウンドにはいるけど自分だけ練習をさせてもらえない日が続きました。嫌気がさし、暴力事件を起こして少年鑑別所に入りました。」

 

出所後は高校を中退しており、叔父のいる北海道で就職をしていて当時のことについてインタビューでは次のように話しています。

 

「僕が高校時代にグレていたとき、浦川治造という母の弟に北海道へ連れて行かれました。テレビではお話しできないことですが、この叔父さんは狩猟もしていて、そのときに『アイヌは人に迷惑をかけない。ここで撃たれるか、北海道で働くか、選ばせてやる』と言われたんです。」

 

宇梶さんの叔父は東京アイヌ協会名誉会長を務めており、アイヌの長老として知られている人でした。

 

しかし更生はできないまま宇梶さんは東京に戻り、暴走族のブラックエンペラーに加入をして、7代目総長を務めるまでになっています。

 

 

当時のブラックエンペラーは国内最大の暴走族で約2000名のメンバーがいましたが、宇梶さんはそのトップに立っていました。

 

当時の宇梶さんはケンカがめっぽう強く、統率力や人望もあったそうです。

 

同じく暴走族だったお笑いタレントのヒロミさんも当時の宇梶さんについては、「僕らガキだった頃、とんでもなく有名だった人」と述べています。

 

 

ちなみに宇梶さんは拓殖大学第一高校の野球部の同期の引退試合を特攻服姿で見に行っています。

 

宇梶さんはその後は暴走族同士の抗争で再び逮捕をされており、少年院に収容されました。

 

少年院にいるときに母親の差し入れで読んだチャップリンの自伝に影響されて、俳優になりたいと思い更生をしています。

 

ちなみに自身の過去については次のように語っています。

 

「過去をやり直すことはできないわけで、腹くくりはあるけど、俳優をやる上では邪魔かも」

 

そして少年院の出所後は明治大学附属中野高校の定時制課程(偏差値40)に入学し直しています。

 

 

 

当時のこの高校の定時制課程は堀越高校と並んで芸能人が多く在籍しており、近藤真彦さんや野々村真さん、野村義男さんらと同級生になっています。

 

宇梶さんはこちらの高校では特に問題を起こすことなく、卒業しています。

 

なお高校卒業後は大学などには進学しておらず、俳優を目指しています。

 

当初は錦野旦さんの付き人をしましたが、後に菅原文太さんに誘われて付き人を務めながら、多くの作品に出演しています。

 

 

宇梶さんは20代後半の頃に出演したトレンディドラマで顔が売れはじめています。

 

 

その後は数え切れないほどの映画やドラマに出演しています。

 

またタレントとしても活動しており、たびたびバラエティ番組などにも出演しています。

 

 

今後の活動にも注目ですね。

 

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宇梶剛士の学歴~出身中学校(国立市立国立第一中学校)の詳細

 

出身中学校:東京都 国立市立国立第一中学校 偏差値なし

 

 

 

宇梶剛士さんの出身中学校は、国立市内の公立校・国立市立国立第一中学校です。

 

中学時代も国立市内のシニアリーグに在籍して、野球に打ち込んでいました。

 

また当時の夢はプロ野球選手になることでした。

 

 

父親は建設業で地方回りをしていたことから、月1回くらいしか家に帰って来ませんでした。

 

また母親もアイヌ民族の活動家だったことから忙しく、中学・高校時代は家族がバラバラでした。

 

そのためコミュニケーション不足から、宇梶さんは学生時代は母親と確執があったそうです。

 

ちなみに宇梶さんは当時からモテており、中学時代には彼女がいました。

 

【主な卒業生】

大塚明夫(声優)

伊東四朗(俳優)

 

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宇梶剛士の学歴~出身小学校(国立市立国立第七小学校)の詳細

 



 

出身小学校:東京都 国立市立国立第七小学校

 

 

 

宇梶剛士さんの出身小学校は、国立市内の公立校の国立市立国立第七小学校です。

 

家族構成は2歳年上の姉の4人家族です。

 

 

宇梶さんは母親の宇梶静江さんがアイヌ民族出身だったことから、子供の頃からアイヌ文化が身近にありました。

 

また母親はアイヌ民族を差別から守るための人権活動をしており、全国各地を回っていたため留守がちでした。

 

さらに母親は性格上、生活に困窮している人をほっとけずに自宅に居候させることもあったとようで、宇梶さんは子供の頃に見知らぬ人と生活をしていたこともありました。

 

宇梶さんは子供の頃についてインタビューでは次のように振り返っています。

 

「友だちの家ではお母さんがハンバーグとかカレーライスとか子どもが好きな料理を作ってくれるでしょう。ところが、うちの食事はいつもオハウ(アイヌの伝統食、三平汁の起源とも言われる)でした。鮭や野菜などを煮込んだ温かい汁ものです。だから僕は、50歳近くになるまで鍋が嫌いだったんですね。鍋の味は好きなんですけど、あの頃を思い出すから食欲が出ない。『どうして僕だけカレーやハンバーグを食べられないんだ』という気持ちが蘇るというか……。」

 

また母親は宇梶さんが火をまたいだり川にごみを捨てることにも非常に怒ったそうで、これもアイヌの教えの一つだったようです。

 

宇梶さんは小学校時だから野球をはじめており、リトルリーグで活躍していました。

 

また子供の頃は母親とのこともあり、「フランダースの犬」や「母をたずねて三千里」などの寂しい感じのアニメが好きだったようです。

 

以上が宇梶剛士さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

20代後半でようやく陽の目を見ましたが、以降は数えきれないほどの作品に出演しています。

 

ほとんどが脇役での出演で、安定感のある演技力で作品を盛り上げています。

 

 

貴重なバイプレーヤーだけに、末永い活躍を期待したいところです。

 

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