似鳥昭雄(ニトリ)の学歴|出身大学高校や中学校の偏差値

 

似鳥昭雄(にとり あきお)

 

 

194435日生

 

樺太出身(育ちは札幌市)の実業家

株式会社ニトリホールディングスの代表取締役会長

 

経歴

 

スポンサードリンク



 

当初は家業の似鳥コンクリート工業に入社するもノルマを達成できずに解雇される。

 

バス広告会社の共栄興業に勤務するも広告が取れずに半年で解雇。

 

23歳だった1967年に「似鳥家具卸センター」を創業。

 

 

1972年のアメリカ・ロサンゼルスの家具業者向けの研修セミナーに参加して覚醒し、客の立場に立った商品づくりを志して株式会社ニトリを設立。

 

1980年代後半に北海道全域にニトリの店舗が広がって、1992年から全国進出をはじめる。

 

 

1993年にインドネシアに生産拠点を設立。

 

2002年に株式会社ニトリは東証一部に上場。

 

2015年に日本経済新聞に連載された「私の履歴書」が大きな反響を呼び、著書も出版している。

 

 

2016年に国内500店舗の出店を達成。

 

 

20代で結婚して、息子と娘がいる。

 

学歴~出身小学校・中学校

 

出身小学校:札幌市立白楊小学校

 

 

似鳥昭雄さんの出身小学校は、札幌市内の公立校の白楊(はくよう)小学校です。

 

樺太で生まれていますが、終戦後は札幌市に移住しています。

 

父親は住宅基礎工事会社を経営して、母親はヤミ米屋を経営していました。

 

似鳥さんも子供の頃からヤミ米屋の配達などの重労働をやらされており、当時を「本当に過酷だった」と回顧しています。

 

また両親はともに手を挙げるスパルタ教育で、特に父親からは月に1回気絶するまで殴られたと語っています。

 

仕事はすべて出来高払いで、机や椅子、文房具などはすべて仕事の報酬で購入しています。

 

また小学校時代はいじめられっ子で、ヤミ米屋をやっていたことから「ヤミ屋」と罵られたと語っています。

 

出身中学校:札幌市立北栄中学校

 

 

似鳥昭雄さんは小学校卒業後は、札幌市内の公立校の北栄中学校に進学しています。

 

中学時代も相変わらず米の配達をしており、イジメにも遭って集団暴行を受けたこともあります。

 

ただし米の配達でかなりの腕力が付いており、本人も悪ガキでケンカやいたずらに明け暮れていたとも語っています。

 

またとにかく勉強が嫌いで、学校の成績も芳しくありませんでした。

 

学歴~出身高校

 

スポンサードリンク



 

出身高校:北海道工業高校工業経営科 偏差値30台(当時)

※尚志学園高校を経て現在は北海道科学大学高校

 

似鳥昭雄さんは中学卒業後は、私立の男子校の北海道工業高校に進学しています。

 

現在は共学校の北海道科学大学高校(偏差値4158)になっています。

 

似鳥さんが同校に入学したのは、「裏口入学」であったことを著書で明らかにしています。

 

受験した高校すべて不合格になったことから、最後に受験した同校の校長に母親が米1俵を贈って補欠合格で入学しています。

 

子供の頃から商売に携わっていたので高校時代はそろばんの成績は抜群でしたが、簿記などの他の科目には苦労しています。

 

同校の卒業も危ぶまれましたが、友人などの協力を得て、何とか卒業しています。

 

学歴~出身大学

 

出身大学:札幌短期大学 商業科 偏差値不明

※後に北海学園大学経済学部に編入して卒業

 

似鳥昭雄さんは高校卒業後は、札幌短期大学に進学しています。

 

同短大は1979年に廃止されており、当時の偏差値などは不明ですが、さほど高くはなかったと思われます。

 

また似鳥さんの同大への進学は、「替え玉受験」であったことを著書で告白しています。

 

受験した四年制の大学にはすべて不合格となっています。

 

短大卒業後は四年制大学の北海学園大学の経済学部(偏差値45・現在)に編入して卒業しています。

 

同大は当時も偏差値40台ですが、当時は北海道内の私立大学では藤女子大に次ぐ存在で、就職先もよかった時代です。

 

大学時代は学費や生活費はすべて自腹だったことから、様々なアルバイトを経験しています。

 

似鳥さんは大学卒業後は、父親が経営していた似鳥コンクリート工業に入社しますが、肉体労働に嫌気がさして家出して退職。

 

次に就職した広告会社も半年ほどで解雇され、その後も10社くらいに不合格となっています。

 

その後は土木工事の現場などを渡り歩き、23歳の時に「周囲に家具屋がなかったから」という思い付きのような動機でニトリの前身会社を設立しています。

 

行き当たりばったりではじめたことからその後も様々な困難に直面しますが、28歳の時に渡米してアメリカのビジネスモデルに触れたことで覚醒。

 

その後は家具店のチェーンストア化を目指して、店舗を拡大。

 

現在では500店以上を展開する巨大家具チェーンを一代で築いています。

 

経営者としてはもとより、そのユニークな経歴から講演や著書も人気を誇っています。

 

今後のさらなる活躍に期待が高まります。

 

スポンサードリンク



 

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ

このページの先頭へ