俳優の大和田伸也さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りします。インテリ俳優としてクイズ番組などでもお馴染みの大和田さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします
大和田伸也(おおわだ しんや)
1947年10月25日生
身長175㎝
血液型はA型
福井県敦賀市出身の俳優、タレント
本名同じ
以下では大和田伸也さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介します
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大和田伸也の学歴まとめ
出身大学:早稲田大学 第一文学部
出身高校:福井県立敦賀高校
出身中学校:敦賀市立角鹿中学校
出身小学校:敦賀市立敦賀北小学校
大和田伸也の学歴~出身小学校(敦賀市立敦賀北小学校)の詳細
出身小学校:福井県 敦賀市立敦賀北小学校
※現在は敦賀市立角鹿小中学校
大和田伸也さんの出身小学校は、地元福井県敦賀市内の公立校の敦賀北小学校です。
この小学校は2021年に周囲の小学校と角鹿中学校と統合されて、小中一貫校の角鹿(つのが)小中学校になっています。
家族構成は両親と姉、弟の5人家族です(3人きょうだいの真ん中)。
弟は俳優の大和田獏さんです。
大和田さんの実家は敦賀市の名門財閥の大和田財閥で、戦前には地元で大和田銀行を経営するなどしていましたが、戦後の財閥解体で多くを失っています。
大和田さんの子供の頃はヤンチャなタイプでした。
またみんなの先頭に立つタイプでリーダシップがあったようで、小学生の頃には児童会や生徒会の役目などを立候補していたとのことです。
水泳が好きで子供の頃から体を動かすことが好きでした。
大和田伸也の学歴~出身中学校(敦賀市立角鹿中学校)の詳細
出身中学校:福井県 敦賀市立角鹿中学校(有力) 偏差値なし
※現在は敦賀市立角鹿小中学校
大和田伸也さんの出身中学校は、地元敦賀市内の公立校の角鹿(つのが)中学校が有力です。
中学時代はバレーボール部に在籍をしており、その傍らでバスケットボール部での活動もおこなっていました。
加えて一方で新聞部や放送部での活動もおこなっており、周りから信頼されて頼りにされるようなタイプでした。
大和田さんは何でも主体的に取り組もうとして、意欲とやる気に溢れる子供時代だったとのことです。
その上、生徒会議会長も務めていたそうです。
また大和田さんは小学校、中学校時代はそれほど勉強をすることはなくても、成績はトップだったことから周囲からは「神童」と呼ばれるほどでした。
ちなみに中学3年間、学年1位の成績で模試では県で3位の成績も残しています。
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大和田伸也の学歴~出身高校(福井県立敦賀高校)の詳細
出身高校:福井県 敦賀高校 普通科 偏差値55(中の上・現在)
大和田伸也さんの出身高校は、県立の共学校の敦賀高校です。
同校は1906年開校の伝統校で、敦賀市内の高校ではもっとも進学実績が高いことで知られています。
高校時代はバスケットボール部に在籍をしており、子供の頃から体を動かすことが好きだったようです。
また生徒会役員も務めていました。
大和田さんは高校生の頃には学校行事で8ミリ映画を撮っており、演出を担当したそうです。
またもともとそれほど勉強をせずにトップだったことから、勉強をするという習慣がついていませんでした。
そのため徐々に成績が落ちていったそうです。
大和田さんは当時のことについてはインタビューで次のように話していました。
「たいして勉強しなくても、いつも県の模試では上位にいる成績優秀な子どもでもありました。でも、高校生活も半ばを過ぎて、周りも大学受験に向けて必死に勉強に取り組みだすと、私の成績はどんどん下がりはじめました。」
引用元:健康365
大和田さんはこのままではいけないと思い、自身の将来について真剣に考えるようになったといいます。
そしてこの時に映画監督になりたいという目標ができました。
大和田さんは映画を観ることや文章を書くことに興味があり、この両方を満たしてくれることが映画監督という職業だと思いました。
大和田さんは映画監督になるためにはどうすれば良いかということを色々な人に相談をしてみて、早稲田大学が盛んだと知って早稲田大学に入るために猛勉強をしています。
【主な卒業生】
岡野陽一(お笑い芸人)
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大和田伸也の学歴~出身大学(早稲田大学)の詳細
出身大学:早稲田大学 第一文学部(中退) 偏差値65(現在)
※現在は文学部
大和田伸也さんは高校卒業後は、名門私大の早稲田大学に進学しています。
当時の早稲田大学は演劇が盛んだったことから、芝居をやるなら早稲田だと考えて同大に進学しています。
在籍したのは第一文学部です。
大学に入学後にはこのまま4年間かけて卒業ができてもどこの映画会社も経営は厳しく、社員として採用される見込みのない状態だということを知りました。
大和田さんはこのような状況下でどうすれば映画業界に入ることができるのか考えたところ、役者の道に進むことができれば、最終的には映画を撮らせてくれるかもしれないと思うようになりました。
そして大和田さんは多くの卒業生がプロの演劇人として活動をしていたことから、早稲田三大劇団の一つである「自由舞台」に所属をして演技をはじめています。
演技の稽古はほぼ毎日おこなわれており、部室や喫茶店で演技論を語り合うこともあったようです。
また大和田さんは大学在学中にしっかりとお給料を得て演技をすることができるプロの俳優を目指しました。
そして当時旗揚げしたばかりの「劇団四季」の入団試験に合格をしています。
そのため大学3年生だった1968年に、大和田さんは家族に無断でこの大学を中退して演技の道に進みました。
劇団四季には3年半ほど在籍しましたが自分の表現を追求して退団して、自らの劇団を立ち上げました。
ところが仕事が来なくなったことから、食べていくにも困難な状態に陥ります。
そのため早稲田大学の先輩の劇団員に大道具係のアルバイトを紹介してもらおうと同大に行ったところ、NHKの朝ドラのプロデューサーがおり、次の朝ドラのオーディションを紹介してもらいます。
すると大和田さんはオーディションに合格して、25歳だった1972年に朝ドラ「藍よりも青く」のヒロインの相手役に抜擢されてブレイクしています。
以降はテレビドラマや映画を中心に活動していきました。
1977年の主演作「犬神の悪霊」で映画初出演しています。
さらに1978年からテレビドラマ「水戸黄門」に出演し、演じた渥美格之進役は当たり役となりました(1983年まで)。
以降も数多くの作品に出演し、テレビドラマの代表作は「踊る大捜査線シリーズ」や「キッズ・ウォーシリーズ」、「みこん六姉妹シリーズなどです。
長男の大和田悠太さん、次男の大和田健介さんの2人の息子も俳優としてデビューしており、父親としてもまだまだ負けられないところです。
今後も末永い活躍を期待したいところです。
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