蛭子能収の学歴|出身高校大学や中学校の偏差値|いじめられっ子だった!

 

漫画家でタレントの蛭子能収さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は蛭子さんは中学時代は不良グループからイジメに遭っていました。学生時代のエピソードや情報、若い頃の画像なども併せてご紹介いたします

 

蛭子能収(えびす よしかず)

 

 

19471021日生

身長174

血液型はO型

 

長崎県長崎市出身の漫画家、タレント

本名同じ

 

以下では蛭子能収さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします




 

経歴/プロフィールの詳細

 

1973年に漫画ガロでデビュー。 

1970年代後半には不条理漫画の作風を確立しする。 

1980年代中ごろに柄本明から劇団東京乾電池のポスターを依頼されたことがきっかけで、同劇団の公演に出演する。 

1987年からは「笑っていいとも!」の曜日レギュラーを務める。 

以降はタレント活動がメインとなって、「スーパージョッキー」や「平成教育委員会」、「バイキング」などに出演。 

俳優としても活動しており、「教師びんびん物語Ⅱ」や「じゃじゃ馬ならし」、「義経」などのテレビドラマに出演。 

2016年に「任侠野郎」で映画初主演。 

私生活では最初の妻との間に一男一女をもうけるも2001年に死別。

2007年に19歳年下の女性と再婚した。

 

蛭子能収の学歴~出身高校・大学の詳細

 

スポンサードリンク

 

出身高校:長崎県 長崎商業高校 偏差値51(普通・現在)

 

 

 

蛭子能収さんの出身高校は、市立の共学校の長崎商業高校です。

 

同校は1885年設立の伝統校で、県内では硬式野球部が古豪として知られています。

 

高校時代は兄の勧めで美術部に在籍しており、初めてグラフィックデザインをおこなった時には興味を持ったそうです。

 

 

そして横尾忠則さんに憧れて将来はグラフィックデザイナーを目指していました。

 

後述するように中学時代はいじめを受けていたことから、学校に行きたくなかったそうですが高校に進学して美術部に入部後は学校が楽しくなったそうです。

 

友人はいなかったそうですが、一人で黙々と絵を描いている時間が平和で自分に合っていたと言います。

 

また蛭子さんは自身の中高生の頃についてインタビューで次のように振り返っています。

 

「長崎にいる頃はギャンブルに興味があって、とにかく18歳になったらパチンコしよう、20歳になったら競艇に行こうっていうのをすごく楽しみにしてました(笑)。それまでは行けないから、中学から高校まで結構作りましたねえ、いろいろスマートボール形式のやつを。全部頭の中に入ってて、設計図なしですぐ作れます。」

 

 

パチンコに行きたくてしょうがなかったことから、本格的なパチンコ台を作って遊んでいたそうです。

 

そして高校の卒業証書をもらったその日にパチンコに足を運んだそうで、インタビューで次のように話しています。

 

「高校の卒業証書をもらった直後にパチンコ屋に行きましたね。たぶん俺が全国の高校卒業生の中で一番最初にパチンコ屋に行ったんじゃないでしょうかね。すぐ負けましたけど(笑)。」

 

また蛭子さんは高校時代に映画を観ることにはまっており、ジャンルは問わずに朝から一日中映画を観たこともあったそうです。

 

【主な卒業生】

中村彩実(女優)

 

なお蛭子さんは高校卒業後は大学などには進学せずに、地元の看板屋に就職をしています。

 

看板屋では4年半ほど在籍して、看板の取り付けや製作などの仕事をしていましたが、同僚が主催する漫画サークルに入会したことをきっかけに漫画家を目指すことを決意しています。

 

 

そのためチリ紙交換やダスキンのセールスマンをやりながら漫画家を目指して、26歳だった1973年に「パチンコ」で漫画デビューを果たしています。

 

 

その後はいったん休業していますが、1979年に再デビューしています。

 

すると蛭子さんはエロ劇画や不条理マンガでコアな人気を博しています。

 

またタレント活動を開始すると、その温厚で親しみやすいキャラクターでお茶の間の人気者になっています。

 

 

その他には趣味であるギャンブルの番組にも多数出演しています。

 

スポンサードリンク

 

蛭子能収の学歴~出身中学校の詳細・イジメられていた!

 

出身中学校:長崎県 長崎市立戸町中学校 偏差値なし

 

 

 

蛭子能収さんの出身中学校は、地元長崎市内の公立校の戸町中学校です。

 

中学時代は剣道部に在籍をしていましたが、竹刀で打たれる痛みに耐えられなかったことから半年ほどで退部をしています。

 

蛭子さんは子供の頃から周囲の空気を読むことができなかったことから、不良たちからいじめに遭っていたようで当時のことについて次のように話しています。

 

「中学2年生の時に、不良グループからいじめを受けていました。グループの下っ端扱いされて、後片付けを頼まれたり、カバン持ちをさせられたりしていました。」

 

不良グループに強制的に入れさせられて時には小銭を取られることもあったようですが、抵抗をしなかったことから殴られることはなかったようです。

 

先生も助けてくれず学校を辞めたいと思うほどだったようですが、自宅に帰って漫画を描くことで発散していました。

 

また運動が苦手だったことから、中学時代に体育の成績で1を取ったことがあるほどでした。

 

スポンサードリンク

 

学歴~出身小学校の詳細

 



 

出身小学校:長崎県 長崎市立戸町小学校

 

 

 

蛭子能収さんの出身小学校は、地元長崎市内の公立校の戸町小学校です。

 

家族構成は両親と兄、姉の5人家族です。

 

 

父親は漁船の船員でした。

 

小学生の頃はそろばんを習っており、少年合唱団にも所属していました。

 

また小学生の頃は外で遊ぶのは好きではなく、自宅で一人で漫画を読んでいることが多かったそうです。

 

当時は国語の授業では朗読の際に笑ってしまうことから、国語の授業が苦手だったようです。

 

小学生の頃の将来の夢は会社の事務員になることでした。

 

 

以上が蛭子能収さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

漫画家として「下手上手い漫画家」の先駆けとして知られています。

 

その後はタレントにシフトすると、独特の味のあるキャラクターで人気者となって、多くのテレビ番組に出演しています。

 

 

現在でも高い人気を誇っているだけに、末永い活躍を期待したいところです。

 

スポンサードリンク



 

ここまでお読みいただきありがとうございました。ご質問やご意見などがございましたら、お手数をおかけしますがページ上の「お問い合わせ」よりお願いいたします。また出身校や偏差値情報などのリサーチには万全を期しているつもりですが誤りなどがあった場合はご指摘していただけると幸いです。なお返信はあるだけ早くおこなうようにしていますが、数日かかる場合があることをご了承ください。

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ