あき竹城の学歴と経歴|小学校中学校や高校の偏差値

 

あき竹城(あき たけじょう)

 

 

194744日生

身長167

 

山形県米沢市出身のタレント、女優

本名は竹田明子(結婚前)

 

以下ではあき竹城さんの学歴や経歴、出身小学校・中学校・高校や学生時代のエピソードなどをご紹介していきます。

 

経歴

 

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6人きょうだいの末っ子。

 

当初はヌードダンサーとして活動。

 

 

1977年に映画「トラック野郎・度胸一番星」に出演。

 

 

1982年の「峠の群像」でテレビドラマ初出演。

 

1983年にテレビドラマ「金曜日の妻たちへ」に出演。

 

同年の映画「楢山節考」の演技で注目される。

 

 

1992年の昼ドラ「ある日突然…」に主演。

 

以降も数多くの作品に出演して、テレビドラマの代表作は、「春よ、来い」や「どんど晴れ」、「天地人」など。

 

 

タレントとしても活動しており、「ケンミンショー」や「シルシルミシルさんデー」、「炎の体育会TV」などのバラエティー番組にも出演。

 

 

1988年に8歳年下の男性と結婚している。

 

学歴~出身小学校・中学校・高校

 

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出身高校:進学せず

 

あき竹城さんは中学校卒業後は高校に進学せず、上京してダンサーになっています。

 

出身小学校・中学校は、米沢市立東部小学校米沢市立米沢第一中学校です。

 

3歳の時にバイオリン奏者だった父親が病死したことから、母親が米や野菜の行商をしてあきさんを含む6人きょうだいを育てています。

 

小学生時代はダンサーに憧れており、小学校4年生の頃から米沢市内のダンス教室に通ってモダンダンスを習っています。

 

 

当時の夢は宝塚歌劇団に入団することでしたが、レッスンなどでお金がかかることから後に断念しています。

 

また明るく個性的なキャラクターだったことから、学生時代は友人が多く人気者だったとのこと。

 

また中学校の修学旅行で東京に行った際にショウを見学したことがきっかけで、芸能界に興味を持ちはじめています。

 

中学校卒業後は、既に東京でダンサーをやっていた姉を頼って上京。

 

当初はヌードダンサーとしてストリップ劇場などの舞台に上がっています。

 

30歳を過ぎた頃から女優業もはじめていますが、最初の頃の出演作は「脱ぐ役」が多かったとのこと。

 

36歳で出演した映画「楢山節考」で女優として認められると、以降は山形弁まる出しの明るいキャラクターが人気となり、多くのバラエティー番組や情報番組に出演して、お茶の間の人気者となります。

 

既に年齢は70歳を超えていますが、未だに精力的な活動をしています。

 

末永い活躍を期待したいところです。

 

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