タレントの麻木久仁子さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りします。頭脳明晰でクイズ番組などでお馴染みの麻木さんですが、どのような学生生活を送っていたのでしょうか? 学生時代のエピソードや情報、若い頃のかわいい画像なども併せてご紹介いたします
麻木久仁子(あさぎ くにこ)
1962年11月12日生
身長159㎝
血液型はA型
東京都出身のタレント、女優
本名は松本久仁子(まつもと くにこ)
以下では麻木久仁子さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします
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麻木久仁子の学歴まとめ
出身大学:学習院大学 法学部(中退)→放送大学
出身高校:都立国分寺高校
出身中学校:町田市立つくし野中学校
出身小学校:町田市立つくし野小学校
麻木久仁子の学歴~出身小学校(町田市立つくし野小学校)の詳細
出身小学校:東京都 町田市立つくし野小学校
麻木久仁子さんの出身小学校は、地元町田市内の公立校・町田市立つくし野小学校です。
家族構成は両親と妹、弟の5人家族です(3人きょうだいの長女)。
ただし後記のように高校時代に両親が離婚しています。
また麻木さんが7歳の時に2歳年下の弟が交通事故で亡くなっています。
当時のことはほとんど覚えていないとのことですが、弟が亡くなった日のことだけは鮮明に覚えておりこのことについてインタビューでは次のように語っています。
「父が弟の亡きがらにすがって大声で名前を呼んで号泣していた姿や、まだ死を知らない3歳の妹が『わたしのおやつのプリンはどこ』と言ったことなど、あの日の光景は、ついさっきまで温かかった弟の身体の冷たい感触とともに心に焼きつきました。」
記事引用:家族葬のファミーユ
麻木さんは弟と喧嘩をした状態で学校に行き、帰宅をするとすでに亡くなっていました。
子供ながらにこの経験が大切な人との喧嘩を長引かせてはいけないということを教えてくれたといいます。
また弟が亡くなった後に、一番下に弟が生まれています。
麻木久仁子の学歴~出身中学校(町田市立つくし野中学校)の詳細
出身中学校:東京都 町田市立つくし野中学校 偏差値なし
麻木久仁子さんの出身中学校は、地元東京都町田市内の公立校・町田市立つくし野中学校です。
中学時代もバドミントン部に在籍をしていました。
中学生の頃に法律に興味を持ちはじめています。
麻木さんは当時のことについてインタビューでは次のように話しています。
「弁護士さんは子供の頃から『社会正義を守る人』として憧れていた職業でした。ですから,弁護士に関係する本やテレビ番組を見たりするのが好きで,中学生ぐらいの時から法律の入門書も読んでいました」
記事引用:関東弁護士会連合会
【主な卒業生】
阪口珠美(乃木坂46)
土生瑞穂(櫻坂46)
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麻木久仁子の学歴~出身高校(都立国分寺高校)の詳細
出身高校:東京都 国分寺高校 偏差値63程度(当時・やや難関)
麻木久仁子さんの出身高校は、都立の共学校の国分寺高校です。
この高校は1969年開校の都立高校です。
また同校は現在は偏差値67程度の難関校ですが、麻木さんが在籍当時はそこまで難関ではありませんでした。
とは言えこの高校には一般受験で入学しており、勉強も得意でした。
高校時代はバドミントン部に在籍をして、部活動に打ち込んでいました。
ただし本人はインタビューでスポーツは苦手だったことを明らかにしています。
高校生の時に両親が離婚をしたことで生活が一変しました。
麻木さんと妹、弟は母親に引き取られており、家を売って都内の小さなマンションで暮らしはじめています。
母親はこれまでは専業主婦で働きに出ていませんでしたが、女手ひとつで子供3人を育ててくれました。
当時は芸能界には興味がなく、将来の夢は弁護士になることでした。
【主な卒業生】
土屋礼央(RAG FAIR)
村井優(櫻坂46)
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麻木久仁子の学歴~出身大学(学習院大学)の詳細
出身大学:学習院大学 法学部(中退) 偏差値58(中の上)
※後に放送大学に入学
麻木久仁子さんは高校卒業後は、学習院大学に進学しています。
麻木さんは弁護士になるためにこの大学の法学部に入学をしました。
当時は学ぶことの楽しさを全然感じていなかったとのことですが、当時のことについてはインタビューで次のように振り返りました。
「若いころの大学生活が無駄だったのかというとそうでもないと思います。どんな形であっても学問の府みたいなところに身を置いた中で、“大学で学ぶことの意味”みたいなものが私の中に残っていました」
記事引用:日刊スポーツ
ただし母子家庭で学費をかせぐために大学時代はアルバイトに追われています。
そのため授業にもあまり出席できずに単位不足となり、大学3年生に上がれないまま中退をしています。
またアルバイト中にスカウトをされていたため、中退後には芸能界入りをしました。
当時のことについてはインタビューで次のように話しています。
「6畳一間の部屋を借りて一人暮らしを始めました。芸能界に入ったとはいえ仕事は少なく、金銭面は苦しかったのですが、当時は大人になったら親元を離れて独立するのが当然と思っていました。」
記事引用:住友不動産販売
また母親は大学を中退して鳴かず飛ばずだった麻木さんを見守ってくれたといいます。
麻木さんは21歳だった1983年に芸能界入りをしましたが、全然売れない状態でした。
そんな反面で、大学時代の友人たちはバブルで内定をいくつももらい20代のうちからキャリアを築きあげており、麻木さんだけお先真っ黒だと感じていたとのことです。
しかし芸名を本名から麻木久仁子に改名すると、25歳だった1987年に旅番組の「いい旅・日本」に起用されて注目を集めます。
以降は数々のテレビ番組に起用されて、人気タレントになっています。
またその明晰な頭脳もあってクイズ番組や司会者として引っ張りだことなります。
60歳だった2023年4月に、放送大学の教養学部(偏差値なし)に入学しています。
放送大学は学ぶ意思さえあれば入学できるので偏差値はありませんが、卒業するのはなかなか困難で4年間で卒業できるのはわずか5%程度です。
芸能人も多く在籍していましたが、卒業できたのは志村けんさんや草刈正雄さん、滝藤賢一さんやヒロミさん、又吉直樹さんなど一握りです。
とは言え麻木さんは前期で受講した受講した全科目の単位を取得して、成績は最高の「マルA」だったことを明らかにしています。
そのため卒業も確実視されています。
以上が麻木久仁子さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。
当初は女優やモデルとしても活動していましたが、タレントとして成功しています。
これまで数多くのテレビ番組に起用されています。
未だに根強い人気を誇る人物だけに、末永い活動を期待したいところです。
経歴/プロフィールの詳細
1983年に芸能界入りして当初はCMなどの仕事が中心。
1986年のドラマ「おんな風林火山」で女優デビューし、「積木くずし2」や「それが答えだ!」、「陰の季節シリーズ」などのドラマにも出演。
1989年頃からタレントとして活動をはじめ、「THE WEEK」や「驚きももの木20世紀」、「サタデージャングル」などの番組にレギュラー出演。
2001年10月から「笑っていいとも!」の曜日レギュラーを務める(2004年9月まで)
クイズ番組への出演も多く、「ヒントでピント」や「マジカル頭脳パワー!!」、「タイムショック」などにレギュラー出演。
私生活では2度離婚して、一女がいる。
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