須藤理彩の学歴と経歴|出身は旭高校!大学や中学校の偏差値と若い頃のかわいい画像

 

女優の須藤理彩さんの出身高校の偏差値などの学歴情報をお送りいたします。実は須藤さんは学生時代は陸上部で活躍しており、国体やインターハイに出場したほどです。学生時代のエピソードや情報、若い頃のかわいい画像なども併せてご紹介いたします

 

須藤理彩(すどう りさ)

 

 

1976724日生

身長165

血液型はO型

 

神奈川県出身の女優、タレント

本名同じ(結婚前)

 

以下では須藤理彩さんの出身校の偏差値や学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

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目次

須藤理彩の学歴まとめ

 

出身大学:進学せず

出身高校:神奈川県立旭高校

出身中学校:横浜市立希望が丘中学校

出身小学校:不明

 

須藤理彩の学歴~出身小学校の詳細

 

出身小学校:不明

 

須藤理彩さんの出身小学校は、地元横浜市内の公立校のようですが校名などは不明です。

 

ただし出身中学校の校区からすれば、以下の3校のいずれかの可能性が高そうです。

 

横浜市立東希望が丘小学校

横浜市立中尾小学校

横浜市立笹野台小学校

 

家族構成は両親と姉の4人家族です。

 

父親は設計事務所を経営していました。

 

父親は非常に厳しく育てていました。

 

子どもの頃や小学校時代のエピソード

 

幼稚園時代には新品の自転車を門の外に放置していたところ、父親が車で破壊しています。

 

これは自転車を門の中に入れるという約束を破った須藤さんへの罰でしたが、「もう約束を破りません」と誓うと再び新品の自転車を買ってくれたとのこと。

 

またその他にも出しっぱなしにしていた教科書やランドセルを庭に捨てられたことがありました。

 

その反面父親は「勉強をすれ」とは言わずに、学生時代はやりたいことをやらせてもらったそうです。

 

須藤さんは小学校時代は「シブがき隊」の大ファンでした。

 

子供の頃から足が速く、小学校時代も運動会などで活躍していました。

 

小学校6年生の時にロサンゼルス・オリンピックでフローレンス・ジョイナーさんの走りを見て、中学時代から本格的に陸上競技をはじめています。

 

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須藤理彩の学歴~出身中学校の詳細

 

出身中学校:神奈川県 横浜市立希望が丘中学校 偏差値なし

 

 

 

須藤理彩さんの出身中学校は、地元横浜市内の公立校の希望が丘中学校です。

 

中学時代のエピソード

 

須藤さんは中学時代も陸上部に在籍して、短距離走で活躍していました。

 

陸上をはじめたのはお姉さんが800m走の選手だったからです。

 

また学生時代に修学旅行と陸上の大会が重なったことから、修学旅行に行けなかったことがありました。

 

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須藤理彩の学歴~出身高校(神奈川県立旭高校)・大学の詳細

 

出身高校:神奈川県 旭高校 偏差値46(やや容易)

 

 

 

須藤理彩さんの出身高校は、県立の共学校の旭高校です。

 

この高校は1973年開校の中堅県立高校です。

 

同校は部活動が盛んで、特にサッカー部は強豪として知られています。

 

陸上が凄かった

 

須藤さんは高校時代は陸上部に所属して、短距離走で活躍しています。

 

100mと200m、400m走を担当していましたが、もっとも得意としたのが200m走です。

 

また当時のこの高校の陸上部には女子の短距離走の選手は須藤さんのみだったことから、男子部員に混じって練習をしていました。

 

高校1年生だった1992年には、神奈川県の新人戦に200m走で優勝して国体にも出場しています。

 

また高校2年だった1993年には200m走の神奈川県大会で優勝しています。

 

当時の須藤さんの200mのベストタイムは25.2秒で、これは神奈川県の新記録でした(当時)。

 

その後はインターハイの準決勝まで進出するほどの活躍ぶりでした。

 

当時の須藤さんの夢はオリンピックに出場することだったとインタビューで話しています。

 

「1988年にソウル五輪で金メダルを取ったアメリカの女子短距離選手、フローレンス・ジョイナーさん(故人)に憧れ、五輪選手を目指した時期もあります」

記事引用:サンスポ

 

ところが高校3年生の時に練習中の肉離れで全治2か月のケガを負ってしまいます。

 

そして最終的には陸上選手としての選手生命を絶たれてします。

 

なお同校に在学中は、1学年上に女優の米倉涼子さんが在籍していました。

 

須藤さんもインタビューで高校時代の米倉さんについて、次のように話しています。

 

「当時からすっごい美人の先輩がいるって、1年の男子全員、米倉さんを見に行っていた。オーラが本当に違いました」

記事引用:デイリースポーツ

 

(高校時代の米倉涼子)

 

米倉涼子の学歴|出身高校中学校や大学の偏差値|イジメに遭っていた!

 

その一方で当時の須藤さんはボーイッシュで、陸上の合宿で一緒になった他校の女子から告白されたこともありました。

 

【主な卒業生】

小林賢太郎(ラーメンズ)

 

大学には進学していない

 

須藤理彩さんは高校卒業後は、大学などに進学していません

 

当初は大学に進学して陸上をおこなうつもりでしたが、前記のように陸上競技は高校時代で断念してしまっています。

 

高校を卒業した1995年に、姉が芸能事務所「アミューズ」のオーディションに応募したことがきっかけで芸能界入りしています。

 

須藤さんは当初はスポーツトレーナーになろうと思っていましたが、オーディションに合格したことで方向転換しています。

 

ちなみにお姉さんは同じ事務所に所属していた福山雅治さんの大ファンで、妹がこの芸能事務所に入れば福山さんと会えると思って応募しています。

 

また事務所入りする際には父親から猛反対されており、3年間やって芽が出なければやめるという条件で芸能事務所入りしています。

 

加えて最初の2年間はまったく売れずに、女優としては安達祐実さんが主演したテレビドラマ「ガラスの仮面」に端役として出演した程度でした。

 

そのためコンビニやファーストフード、引っ越しなどのアルバイトをしていました。

 

朝ドラのヒロインに抜擢

 

そしてデビューから3年目の1998年に、NHKの朝ドラ「天うらら」のヒロインのオーディションに合格します。

 

 

ちなみにこのオーディションには後にテレビドラマ「高校教師」で大ブレイクする桜井幸子さんも最終選考に残っていましたが、選ばれたのは須藤さんでした。

 

ただし桜井さんもこのドラマに親友役で出演しています。

 

 

須藤さんはこのドラマの出演で、全国的な人気を集めます。

 

 

ちなみにこのドラマでバスを追うシーンがあったのですが、元陸上選手の須藤さんは足が速すぎてNGを連発したことをインタビューで話しています。

 

「陸上選手だったので、必死になって走ると、どうしてもスピードに乗ってしまう。仕方なくスピードを落とそうとすると、今度は走り方が不自然になって必死さが出ない。結局は運転手さんに頼みこんでスピードを上げてもらい、私もできるかぎり全力で走ることで乗り切りました」

記事引用:サンスポ

 

以降も女優として着実にキャリアを重ね、多くのテレビドラマや映画に出演しています。

 

 

またタレントとしても「はなまるマーケット」などのテレビ番組に出演していました。

 

以上が須藤理彩さんの学歴と学生時代のエピソードのまとめです。

 

「天うらら」でブレイクして、以降は人気女優となっています。

 

主演作こそ少ないものの、わき役として数多くの作品を盛り上げています。

 

 

夫を脳腫瘍で亡くすという不幸にも見舞われましたが、未だに根強い人気を誇るだけに、末永い活躍を期待したいところです。

 

経歴/プロフィールの詳細

 

1995年にアミューズ主催のオーディションに合格して芸能界入り。 

1996年の映画「アトランタ・ブギ」で女優デビュー。 

1997年の「ガラスの仮面」でテレビドラマ初出演。 

1998年のNHKの朝ドラ「天うらら」のヒロインに抜擢されてブレイク。

2003年の「ハート・オブ・ザ・シー」で映画初主演。 

以降も「電車男」や「斉藤さん」、「救命病棟24時」などの人気の連続ドラマにレギュラー出演。 

2008年から情報番組「はなまるマーケット」の曜日レギュラーを務めた(20103月まで) 

私生活では2006年にミュージシャンの川島道行と結婚し二人の娘を出産するも、2016年に夫が脳腫瘍で死去。

 

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