赤木裕(たくろう)の学歴と経歴|出身大学高校どこ?中学校の偏差値と学生時代のエピソード

 

お笑いコンビ「たくろう」の赤木裕さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお送りします。2025年の「M-1グランプリ」で優勝した赤木さんですが、学生時代は野球に打ち込んでいました。学生時代のエピソードや情報、学生時代のかっこいい画像なども併せてご紹介いたします

 

赤木裕(あかぎ ゆう)

 

 

1991年10月24日生

身長170.4㎝

血液型はO型

 

滋賀県大津市出身のお笑い芸人

お笑いコンビ「たくろう」のボケ担当

本名同じ

 

以下では「たくろう」赤木裕さんの出身高校や大学の偏差値、学生時代のエピソードなどをご紹介いたします

 

スポンサードリンク

 

目次

赤木裕の学歴まとめ

 

出身大学:京都産業大学 経営学部

出身高校:光泉高校

出身中学校:大津市立打出中学校

出身小学校:野洲市立野洲小学校→大津市立平野小学校

 

赤木裕の学歴~出身小学校(野洲市立野洲小学校・大津市立平野小学校)の詳細

 

出身小学校:滋賀県 野洲市立野洲小学校

 

 

「たくろう」赤木裕さんが入学したのは、滋賀県野洲市内の公立校の野洲小学校です。

 

家族構成は両親と姉の4人家族のようです。

 

 

子供の頃や小学校時代のエピソード

 

父親は非常に厳格で子どもの頃からスパルタ教育を受けています。

 

幼少期からコミュニケーション障害で人付き合いは苦手だったと振り返っていました。

 

赤木さんは小学生の頃から野球をはじめており、子どもの頃は空手も習っています。

 

そして正確な時期は不明ですが小学校時代に大津市に転居して、大津市立平野小学校に転校をしています。

 

 

小学生の頃はお笑い委員会を務めていたとのことで、文化祭のような行事で同級生と漫才を披露しています。

 

赤木さんはめちゃくちゃお笑いが好きというわけではありませんでしたが、友人がお笑い委員会に入ったことで一緒に入ったそうです。

 

赤木裕の学歴~出身中学校(大津市立打出中学校)の詳細

 

出身中学校:滋賀県 大津市立打出中学校 偏差値なし

 

 

「たくろう」赤木裕さんの出身中学校は、地元大津市内の公立校の打出中学校です。

 

中学校では同時期に芸能人が在籍

 

この中学校に在学中は、1学年上に俳優の林遣都さんも在籍していました。

 

また1学年下には「モーニング娘。」のメンバーだった光井愛佳さんも在籍していました。

 

赤木さんは中学時代は野球部に在籍をして、部活動に打ち込んでいました。

 

【主な卒業生】

林遣都(俳優)

光井愛佳(元モーニング娘)

今井らいぱち(お笑い芸人)

 

スポンサードリンク

 

赤木裕の学歴~出身高校(光泉高校)の詳細

 

出身高校:滋賀県 光泉高校 偏差値45~63(コース不明のため)

※現在は光泉カトリック高校

 

 

「たくろう」赤木裕さんの出身高校は、私立の共学校の光泉(こうせん)高校です。

 

この高校は1988年開校のカトリック系のミッションスクールです。

 

また2020年に校名を光泉カトリック高校に変更しています。

 

出身が光泉高校である理由

 

赤木さんは出身高校を公言しており、Wikipediaにも卒業生として記載されています。

 

そのためこの高校の出身者で間違いないはずです。

 

なお同校は以下の5つのコースを設置していますが、赤木さんがどのコースに在籍したかは不明です。

 

S:偏差値63

L:偏差値61

A:偏差値53

P:偏差値50

FR:偏差値45

 

高校時代も野球部に在籍

 

高校時代は硬式野球部に在籍をして、部活動に打ち込んでいました。

 

 

ただし野球部ではレギュラーではなく補欠でした。

 

ちなみにこの高校の硬式野球部は甲子園に出場したこともあり、県内では強豪です。

 

赤木さんは高校1年生の夏休みの練習で骨折をしており、このことについてインタビューで次のように話しています。

 

「最初の夏休みの練習で、3日目くらいで、股関節の外側を疲労骨折したことあります」

記事引用:ENCOUNT

 

練習が厳しく疲労でパンパンになってしまったとのことです。

 

マネージャーに降格していた

 

赤木さんは野球が下手すぎるということで高校3年生の時に監督からマネージャーになるように勧められています。

 

赤木さんがマネージャーを勧められたタイミングで悪い出来事があったとのことで、インタビューでは次のように話していました。

 

「その日に家に帰ったら、お母さんがケンタッキーを大量に買ってきた。お父さんが“お前、こんなに食われへんやろ?”。お母さんが、“裕がね、体を大きくするために、いっぱいケンタッキーを食べなアカンのよ!”って」

引用元:スポニチ

 

赤木さんは母親の思いに応えることができず、何も言えずに部屋にこもって一人で三角座りをして過ごしていました。

 

その後はマネージャーになっています。

 

マネージャーとしてドリンクなどを作っており、このことで反骨精神が芽生えて「今に見てみろよ」と一発逆転を狙うきっかけになったとのことです。

 

赤木さんは当時のことについて次のように振り返っています。

 

「あんまり明るい10代ではなかったんですけどね。(高校時代野球部でマネージャー)日陰に隠れてて、僕は人生大丈夫なのかと思っていました。」

引用元:BEST TIMES

 

高校時代のエピソード

 

高校時代の赤木さんは大人しいタイプで何もしゃべらずに、授業中に先生に当てられても何も答えられなかったと振り返っていました。

 

このことについてはインタビューで次のように話しています。

 

「なにもしてない、変な子でした。野球部って部員で固まるんでね、その烏合の衆の男ひとり。ただ、それだけ。特に目立ったことはなかったですね。」

引用元:シーエイチファイルズ

 

行事などには積極的に参加をしていませんでしたが、なぜか体育祭のリレーで赤木さんだけひとりで4周ほど走らされることがあったとのことです。

 

【主な卒業生】

武元唯衣(櫻坂46)

 

スポンサードリンク

 

赤木裕の学歴~出身大学(京都産業大学)の詳細

 

出身大学:京都産業大学 経営学部 偏差値46(やや容易)

 

 

「たくろう」赤木裕さんは高校卒業後は、京都産業大学に進学しています。

 

出身が京都産業大学である理由

 

赤木さんはこの大学の出身者であることを公言しており、Wikipediaにも卒業生として記載されています。

 

そのため京都産業大学の出身者で間違いないはずです。

 

大学時代にようやくプロ野球選手になることを諦めた

 

赤木さんはプロ野球選手を志していたことから、大学入学後も体育会の野球部に在籍していました。

 

しかし大学時代にプロ野球選手になることを諦めています。

 

このことについてはインタビューで次のように話していました。

 

「プロ野球選手になりたかったんですけど、マネージャーになるような奴はセンスがないんだろうと諦めました。それまで結構イジられたりしていたんで、人生一発逆転狙うなら、お笑い業界やったら可能性あるんちゃうかなと。」

引用元:シーエイチファイルズ

 

大学時代にお笑い芸人を志す

 

赤木さんはお笑いコンビ「千鳥」のロケを見たことで、本格的にお笑い芸人を志すようになりました。

 

 

そして大学3年生の時に地元の友人と漫才コンビを組んでライブハウスの合間で出演をしたことで、赤木さんのお笑い人生がスタートしました。

 

赤木さんは相変わらず人付き合いが苦手だったことから学生時代にはアルバイトをしたくても、何社からも断られたことを明かしています。

 

とは言え大学は無事に卒業しています。

 

大学を卒業した2014年に、吉本総合芸能学院(NSC)に入校して本格的にお笑い芸人を目指しています。

 

NSCでは「オダウエダ」や「バッテリィズ」、「カベポスター」、「ダブルヒガシ」、「3時のヒロイン」のゆめっちさんらと同期です。

 

赤木さんはNSCの同期とお笑いコンビ「あぶりぽんズ」や「ムミムシュウ」を結成しましたが、長続きはしませんでした。

 

それでも25歳だった2016年に、NSCの1期上だったきむらバンドさんとお笑いコンビ「たくろう」を結成しています。

 

すると2018年には無名ながら敗者復活戦を経て「M-1グランプリ」の決勝に進出しています。

 

さらに2025年にも7年ぶりに決勝に進出して、見事に優勝しています。

 

 

これによってメディア出演が大幅に増えています。

 

 

今後のさらなる飛躍にも期待が高まります。

 

スポンサードリンク



 

ここまでお読みいただきありがとうございました。ご質問やご意見などがございましたら、お手数をおかけしますがページ上の「お問い合わせ」よりお願いいたします。また出身校や偏差値情報などのリサーチには万全を期しているつもりですが誤りなどがあった場合はご指摘していただけると幸いです。なお返信はあるだけ早くおこなうようにしていますが、数日かかる場合があることをご了承ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次