いしだあゆみの学歴と経歴|出身高校中学校や小学校の偏差値

 

いしだあゆみ

 

 

1948326日生

身長163

 

大阪府池田市出身(生まれは長崎県佐世保市)の女優、歌手

本名は石田良子(いしだ りょうこ)

 

経歴

 

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姉はグルノーブルオリンピック代表の石田治子で、妹は歌手の石田ゆり。

 

1960年にスカウトされて子役女優として活動を開始して、舞台などに出演。

 

19641stシングル「ネエ、聞いてよママ」で歌手デビュー。

 

 

同年の「七人の孫」でテレビドラマ初出演。

 

1969年に「ブルーライトヨコハマ」が150万枚のヒットを記録して、同年から1977年までNHK紅白歌合戦に9年連続出場。

 

 

1977年の映画「青春の門」の演技で女優として注目される。

 

 

1979年から女優としての活動が中心となって、1983年から出演したテレビドラマ「金曜日の妻たちへ」は当たり役となる。

 

 

1989年にNHKの朝ドラ「青春家族」に主演。

 

 

「駅」や「男はつらいよ」、「火宅の人」などの映画にも出演している。

 

 

私生活では1980年に萩原健一と結婚するが、1984年に離婚した。

 

 

学歴~出身小学校・中学校・高校

 

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出身高校:東京都 上野学園高校普通科 偏差値45(現在・容易)

 

 

いしだあゆみさんの出身校は、私立の女子校(当時)の上野学園高校です。

 

同校は1904年開校の伝統校の女子校で、2007年に共学化されています。

 

また近年は進学コース(偏差値55程度)を設置して進学率も向上していますが、いしださんが在籍した当時はそのようなコースはありませんでした。

 

出身小学校は大阪では名門小学校とされる大阪学芸大学附属池田小学校で、中学校も系列の大阪学芸大学附属池田中学校(現在の偏差値は68)に進学しています(現在はともに大阪教育大学附属)。

 

実家は老舗喫茶店の「フジヤ」で4人姉妹の次女で、子供の頃から美人4姉妹として地元では有名な存在でした。

 

姉の影響で3歳の頃からフィギュアスケートをはじめています。

 

お姉さんの治子さんは冬季オリンピックに出場したほどの実力でしたが、いしださんも小学校6年生の時にはオール関西フィギュアスケート選手権で優勝するほどでした。

 

また小学校と中学校では、現在の日清食品の社長の安藤宏基さんと同級生で、小学校の頃はスケートを教えてあげています。

 

中学校1年生の時にスカウトされて子役女優として舞台に出演すると、中学校3年生の時に作曲家のいずみたくさんに弟子入りするために上京。

 

系列の上野学園中学校に転校して卒業しています。

 

そして高校2年生の時に歌手デビューを飾って、同時に女優としてもテレビドラマなどに出演を開始しています。

 

ただし高校時代のエピソードなどはほとんどなく、仕事中心の高校時代だったようです。

 

 

学歴 ~出身大学

 

出身大学:進学せず

 

いしだあゆみさんは高校卒業後は芸能活動に専念して、大学などに進学はしていません。

 

20歳の頃から歌手に専念すると、「ブルーライトヨコハマ」が大ヒットして人気歌手の仲間入りを果たしています。

 

その後も「あなたならどうする」などのヒット曲をリリースしますが、31歳の頃から女優業に重点を置くようになります。

 

女優としても35歳の時に出演した「金曜日の妻たちへ」が大ヒットを記録して、その人気を決定づけました。

 

現在は70歳を超えており、活動もかなり限定的となりましたが、未だに根強い人気を誇っています。

 

末永い活躍を期待したいところです。

 

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