岩崎恭子の学歴と経歴|出身大学高校や中学校の偏差値

 

 岩崎恭子(いわさき きょうこ)

 

 

1978721日生

身長159

 

静岡県沼津市出身のタレント、元競泳選手

 

以下では岩崎恭子さんの学歴や経歴、出身高校や大学の偏差値、高校時代や大学時代のエピソードなどをご紹介します。

 

経歴

 

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3人姉妹の次女で、3歳年上の姉と2歳年下の妹がいる。

 

姉の影響で5歳の頃から水泳をはじめる。

 

姉の岩崎敬子とバルセロナオリンピックの座を争って、国内予選で勝利して代表に選ばれる。

 

1992年のバルセロナオリンピックでは無名ながらも女子200m平泳ぎで金メダルを獲得し、「今まで生きてた中で、一番幸せです」と語って時の人となる。

 

 

1996年のアトランタオリンピックにも出場して、200m平泳ぎは10位、100m平泳ぎは予選落ちに終わる。

 

1998年に現役引退。

 

以降はタレントやスポーツコメンテーターとして活動し、「炎の体育会TV」や「しくじり先生」などのテレビ番組に出演。

 

 

テレビドラマ「黒の女教師」にも出演したことがある。

 

私生活では2009年に元ラグビー日本代表の斉藤祐也と結婚したが、201811月に離婚した。

 

 

学歴~出身小学校・中学校

 

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出身小学校:沼津市立開北小学校

 

 

岩崎恭子さんの出身小学校は、地元沼津市の公立校の開北小学校です。

 

実家は岩崎水道工業所という水道店を経営しています。

 

子供の頃から両親のしつけが厳しく、水泳のほかにも小学生時代はピアノや習字などの習い事をしています。

 

 

小学生時代も地元のスイミング・クラブに通っていましたが、さほど大きな活躍はしていません。

 

出身中学校:沼津市立第五中学校

 

 

岩崎恭子さんは小学校卒業後は、地元の公立校の沼津市立第五中学校に進学しています。

 

中学生時代に水泳選手として大きく成長して、小学校の頃は1度たりとも勝てなかった姉の敬子さんを破り、中学2年生の時にバルセロナオリンピックに出場しています。

 

 

本番でもノーマークの無名選手でしたが、200mの平泳ぎ決勝で当時のオリンピック新記録でなおかつ自身の生涯ベストタイムを叩き出す奇跡の泳ぎで14歳にして金メダリストに輝いています。

 

 

その後は一躍時の人となって、NHK紅白歌合戦などにもゲスト出演しています。

 

学歴~出身高校

 

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出身高校:静岡県 日本大学三島高校普通科 偏差値40台後半(当時)

 

 

岩崎恭子さんは中学卒業後は、私立の共学校の日本大学三島高校に進学しています。

 

同校は部活動が盛んで、岩崎さんは水泳でのスポーツ推薦での進学です。

 

岩崎さんは高校時代も水泳部に所属しており、高校1年生の全国高校総体ではいきなり優勝するなど活躍を続けています。

 

しかしバルセロナオリンピックの活躍に比べると高校時代は伸び悩んでおり、自身も高校時代は「やる気も出ずに、練習にも身が入らなくなった」と語っています。

 

当時は自分に負けて姉が水泳を辞めてしまったことやストーカーや嫌がらせの電話など、様々な悩みを抱えていました。

 

高校3年生の時にアトランタオリンピックに出場していますが、良績は残せませんでした。

 

(高校時代・左は姉の岩崎敬子)

 

【主な卒業生】

柴田恭兵(俳優)

船越英一郎(俳優)

勝俣州和(タレント)

 

学歴~出身大学

 

出身大学:日本大学 文理学部心理学科 偏差値53(当時・普通)

 

 

岩崎恭子さんは高校卒業後は、系列の日本大学に進学しています。

 

在籍した心理学科は現在の偏差値は57程度と上昇していますが、当時は現在ほどのレベルではありませんでした。

 

大学では水泳部に所属していましたが、伝染性膿痂疹という感染症を患ったことから、20歳の若さで競技からの引退を決断しています。

 

なお岩崎さんの姉と妹もまったく同じ学歴で、小学校から大学まで同じ学校に通っていました。

 

以降はタレントやスポーツコメンテーターとして活躍しますが、現役時代に絶大な人気があったこともあり、数多くのテレビ番組に起用されています。

 

また日本オリンピック委員会の委員も務めており、水泳の普及事業などにも参加しています。

 

未だに根強い人気を誇る人物だけに、末永い活躍を期待したいところです。

 

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