国分太一の学歴|高校中学校や大学の偏差値と高校時代

国分太一(こくぶん たいち)

 

国分

 

197492日生

身長167

 

東京都東久留米市出身の歌手、俳優、司会者

TOKIOのメンバー

本名同じ

 

以下では国分太一さんの学歴や経歴、高校や中学校の偏差値や中学時代・高校時代のエピソードなどをご紹介していきます。

 

経歴/プロフィールの詳細

 

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2人姉弟の弟。

 

1988年に姉が履歴書を送ったことがきっかけでジャニーズ事務所入り。

 

 

同年のドラマ「あぶない少年Ⅲ」で俳優デビュー。

 

1990年の「ぼくのシンデレラ」で舞台初出演。

 

1994年にTOKIOのメンバーとなり、9月に1stシングル「LOVE YOU ONLY」でデビュー。

 

国分1

 

グループはデビューから史上最速(当時)NHK紅白歌合戦に出場。

 

同年の「八神くんの家庭の事情」でドラマ初主演。

 

以降も「せいぎのみかた」や「夜逃げ屋本舗」、「バスストップ」などの連続ドラマに出演。

 

 

2005年の主演作「ファンタスティポ」で映画初出演。

 

バラエティー番組に出演することも多く、「ぐるナイ」や「たけしのニッポンのミカタ!」、「クイズ100人力」などにも出演している。

 

また司会やキャスターとして情報番組やスポーツ番組への出演も多い。

 

 

20159月に元TBSの社員と結婚し、201610月に女児が誕生している。

 

 

学歴~出身小学校・中学校

 

出身小学校:東久留米市立第四小学校

 

国分太一さんの出身小学校は、地元の東久留米市内の公立校の第四小学校です。

 

 

父親は会社を経営しており、埼玉県との県境にあるマンモス団地の東久留米団地に住んでいました。

 

国分さんは子供の時からいたずらっ子で、小さなころからそろばんを習っています。

 

小学校時代は野球少年で当時の夢はプロ野球選手になることでした。

 

また小学校3年生の時からはサッカーもはじめており、運動神経もいいようです。

 

なお国分さんが通学していた第四小学校は2012年3月に廃校になっています。

 

出身中学校:東久留米市立東中学校

 

 

国分太一さんは小学校卒業後は、地元の公立校の東中学校に進学しています。

 

中学1年生の時にジャニーズ事務所に入所して芸能界デビューを果たしますが、いきなりアイドル雑誌の紙面を飾るなど、滑り出しは好調でした。

 

そのため中学1年生の後半ごろから学校でも女子たちに騒がれる存在になったため、先輩の男子からは「アイツ調子に乗ってる」と目をつけられてしまいます。

 

また中学2年生の時に俳優デビューをして、3年生の時にはTOKIOのメンバーとなったため、ますます仕事が多忙になって、中学3年生の頃には学校も休みがちになってしまいます。

 

そのため国分さんは中学卒業後は高校に進学せずに芸能界一本で頑張ろうと考えましたが、父親に猛反対されて最終的には翻意しています。

 

国分さんのお父さん自身が中卒でかなりの苦労もしたため、「高校だけは普通に卒業して欲しい」と譲らなかったそうです。

 

なお中学時代にロックバンド「ボウイ」の松井常松さんに憧れて、ベースをはじめています。

 

(中学時代)

 

学歴~出身高校の詳細

 

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出身高校:東京都 豊島実業高校(中退) 偏差値40台前半(当時・容易)

※現在は豊島学院高校

 

 

国分太一さんの出身校は、私立の男子校(当時)の豊島実業高校です。

 

現在は豊島学院高校の名称で、男女共学校になっています。

 

また現在は進学コースなどを設けているため偏差値も51~63程度になっていますが、国分さんが在籍した当時は商業科や機械科なども併設しており、現在ほどのレベルではありませんでした。

 

国分さんは同校へ進学したものの入学式しか出席しておらず、すぐに退学してしまっています。

 

前記の通りもともと高校には進学しないつもりでしたから、速攻で辞めてしまったようです。

 

まさにないに等しい高校時代ですし、その後も通信制の高校などに編入などもしておらず、大学などにも進学していません。

 

このあたりが国分さんが「学歴詐称」とも言われる原因のようです(別に詐称はしていませんが)。

 

また前記の通り国分さんに高校を卒業させようとした父親は中退に激怒して、お金の援助は一切しないことを告げて、国分さんもこの頃に親元を離れています。

 

加えて中学時代は売れっ子だった国分さんですが、高校を中退した16歳の頃から仕事が激減しています。

 

雑誌の仕事が月1本あるくらいの状態が2年ほど続いて、18歳の頃にはまったく仕事が入らないという経験もしています。

 

そのため当時は朝からパチンコ屋に並んで、同じく仕事のなかった城島茂さんと2人でパチンコをして過ごしています。

 

とは言え、20歳の時にTOKIOはメジャーデビューを果たすと、デビュー早々にブレイクして人気アイドルグループになっていきます。

 

また国分さん自身もグループでの活動のほか、俳優としても人気を博して数多くの連続ドラマや映画にも出演しています。

 

さらにはタレントや司会者、キャスターとしての顔を持つほどで、長年にわたって多方面で活躍しています。

 

特に司会者としては評価が高く、放送文化に貢献した個人や団体に贈られるギャラクシー賞を受賞したほどです。

 

TOKIOのメンバーの中でももっとも器用さを兼ね備えマルチに活動しており、今後にも期待がかかります。

 

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