八代亜紀の学歴と経歴|出身小中学校や高校の偏差値

 

八代亜紀(やしろ あき)

 

 

1950829日生

身長162

 

熊本県出身の歌手、タレント

本名は橋本明代(ますだ あきよ・旧姓)

 

経歴・プロフィールの詳細

 

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1971年に「愛は死んでも」で歌手デビュー。

 

 

1972年の映画「銀蝶流れ者」で女優デビュー。

 

1973年の4枚目シングル「なみだの恋」がミリオンセラーになって、NHK紅白歌合戦にも初出場。

 

 

1977年に出演した映画「トラック野郎・度胸一番星」が話題になる。

 

 

1979年の「舟歌」が大ヒットし、翌年の「雨の慕情」で日本レコード大賞を受賞。

 

 

1982年の「北のめぐり逢い」でテレビドラマ初主演。

 

以降も「秀吉」や「御家人斬九郎」などの連続ドラマにレギュラー出演。

 

タレントとしても活動しており、「志村けんのだいじょうぶだぁ」や「ケンミンショー」、「ダウンタウンDX」などのバラエティー番組に出演。

 

既婚者で元マネージャーと結婚している。

 

学歴~出身小中学校・高校の詳細

 

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出身高校:進学せず

 

八代亜紀さんは中学校卒業後は、高校に進学せずに就職しています。

 

就職先は地元熊本のバス会社の九州産業交通で、八代さんはバスガイドをしていました。

 

八代市立植柳小学校から八代市立金剛小学校に転校して卒業。

 

中学校は八代市立第六中学校を卒業しています。

 

父親が浪曲の名手だったことから子供の頃から歌に親しんで、地元の歌謡コンクールなどにも出場していました。

 

そのため小学生の頃から、クラブ歌手になることを意識していました。

 

中学校ではバレーボール部に所属するなど、スポーツも好きなようです。

 

バス会社就職後は数か月で退職し、父親の反対を押し切って上京。

 

15歳で銀座のクラブで歌手としてのキャリアをスタートさせています。

 

21歳で歌手デビューを果たすと、23歳の時にリリースした「なみだ恋」がロングヒットとなって紅白歌合戦にも出場。

 

以降は数多くのヒット曲をリリースして、女性演歌歌手としてはダントツの売り上げ枚数を誇ります。

 

またタレントや女優としても活動して、長らくお茶の間に親しまれています。

 

人柄が非常にいいことで知られ、現在でも多くのファンに支持されていることから、末永い活躍を期待したいところです。

 

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