田中圭の学歴がすごい|出身大学高校や中学校の偏差値と学生時代

ドラマ「おっさんずラブ」でブレイクした田中圭さんの出身中学校や高校の偏差値などの学歴情報をお届けします。バスケットボールで挫折した中学校時代や超難関校に通学していた高校時代など、田中さんの学生時代のエピソードも併せてご紹介いたします

 

田中圭(たなか けい)

 

田中圭

 

1987710日生

身長178

血液型はO型

 

東京都出身の俳優

本名同じ

妻は女優のさくらで娘がふたりいる

 

以下では学歴がすごいと言われる田中圭さんの学歴や経歴、中学校・高校の偏差値、中学時代や高校時代のエピソードなどをご紹介していきます。




 

田中圭の歩み~経歴/プロフィールの詳細

 

2000年の「マリオパーティ3」のCMでデビュー。 

2002年の「自殺サークル」で映画初出演。 

2003年に出演した「WATER BOYS」で注目を集める。  

2008年の「ホームレス中学生2」でテレビドラマ初主演。 

同年の「凍える鏡」で映画初主演。 

2011年にNHKの朝ドラ「おひさま」に出演。 

その後も「図書館戦争」や「59~私に恋したお坊さん」、「東京タラレバ娘」などのドラマや「予告犯」などの映画の話題作に多数出演している。

2018年に出演した「おっさんずラブ」でブレイク。 

 

田中圭の学歴~出身高校・大学の詳細

 

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出身高校:千葉県 渋谷教育学園幕張高校 偏差値75(超難関)

 

 

田中圭さんの出身校は、私立の共学校の渋谷教育学園幕張高校です。

 

同校は千葉県のトップレベルの進学校として知られ、東大合格者の数も全国の高校の中でもトップ10に入るほどです。

 

ちなみに同校の東大の合格者数は次のように推移しています(浪人含む)。

 

2016年:76名

2017年:78名

2018年:48名

 

また難関私立大学で知られる早稲田大学や慶応義塾大学に至っては、毎年それぞれ100名以上の合格者を輩出し、多い年には200名を超えるほどです。

 

田中 高校

(高校時代)

 

田中さんは後述するように中学時代まではバスケットボールに打ち込んでおり、高校でもバスケットボール部に入部しましたが、高校1年生の時にケガをしてバスケットボールは断念しています。

 

ただし子供の頃から運動神経が万能だったことから、校内のマラソン大会に優勝したりしています。

 

また高校時代には同級生の女子と交際したりカラオケ店でアルバイトをするなど、充実したキャンパスライフを送っていたようです。

 

高校の成績はあまりよくなかったようで、自身を「落ちこぼれ」と表現し、授業と授業の合間の10分間にクラスの半分の生徒が勉強する姿に圧倒されたエピソードを「王様のブランチ」で話しています。

 

さらに映画「おっさんずラブ」の製作発表のインタビューの際には、高校時代に男性から告白されたエピソードを披露しています。

 

「高校時代にすごく遊んでくださっていたお兄ちゃんみたいな存在の方がいて、しょっちゅうつるんでいたんですけど、ある時(彼が)僕に惚れて、本当に寝込みを襲われそうになったことがありまして。その時に、僕は必死で戦ったんですけど、『好きになっちゃった』って言われて普通にびっくりしました」

 

後述するように田中さんは中学3年生の時に芸能事務所入りしていますが、高校1年生の時に指導してくれた演技指導の先生が演技の楽しさを教えてくれたとインタビューで述べています。

 

「そもそも俳優業に憧れて始めたわけじゃないですけど、駆け出しの頃に出会った先生がいて、その人のおかげで『お芝居がすごく楽しいなぁ』って思えるように」

 

また当時から同じ事務所に在籍している小栗旬さんには大きな影響を受けており、「旬くんがいなければ、たぶんこの仕事をやっていないと思います」とインタビューで答えています。

 

仕事面では高校1年生の時に「スーパーマリオ3」のCMでデビュー。

 

 

また同じ年の火曜サスペンス劇場「孤独な果実」で俳優デビューも飾っています。

 

その他にも田中さんは高校時代に「ごくせん」や「おみやさん」などの話題作の連続ドラマに出演していますが、いずれもレギュラー出演ではなくスポットでの出演で、俳優としてはさほど多くの作品に出演していません。

 

そのため仕事が少なかったことから俳優を「辞めようかな」と考えたこともありました。

 

また当時の田中さんは撮影現場への遅刻も多く、俳優としての自覚が足りなかったとの報道もありました。

 

なお田中さんは高校時代はずっと同じ同級生の女子と交際しており、そのためインタビューなどでも「高校時代ずっと同じ人と付き合っていたからモテたとかはない」と話しています。

 

【主な卒業生】

水卜麻美(アナウンサー)

皆藤愛子(アナウンサー)

 

そして田中圭さんは高校卒業後は、大学に進学せずに俳優活動に専念します。

 

実は当初は大学進学も考えていましたが、大学に進学しなかった理由の一つとして窪塚洋介さんの映画を挙げています。

 

「大学受験しようかなと考えてたときに、映画館で窪塚(洋介)君の『GO!』を観て、やっぱ俳優ってかっこいい!と思ったのも一つ」

 

また同じ事務所の小栗旬さんや米倉涼子さんの常に挑戦し続ける姿勢を目の当たりにしたことも、俳優活動に専念したことの理由としています。

 

加えてトーク番組の「A-Studio」に出演した際には、勉強をしたくなかったことも理由に挙げています。

 

「俳優の世界に足を踏み入れたけど、仕事もなかったし、先が見えなかったけど、何か引かれるものがあったんだと思うし、何より勉強したくなかったってのがあるんですよ。」

 

中学校と高校は「超」のつく進学校に通いながら、大学に進学しないのは異例中の異例だったはずでかなり大きな決断です。

 

また田中さんが通っていた高校は大学などに進学しない卒業生はほぼ存在しないことから、周囲もこの決断には相当驚いたことでしょう。

 

高校卒業後は1年間ほど寿司屋でアルバイトをしていましたが、店主がいい人でオーディションや仕事のたびに休ませてくれていました。

 

ところが最終的には「人手不足」が原因で辞めることになってしまい、ショックを受けています。

 

しかしその後は19歳で出演した「WATER BOYS」の演技で注目され、順調に俳優としてのキャリアを重ねてきました。

 

 

ただし田中さんは23歳の頃までは俳優一本で食べていくことができず、アルバイトをしていたことを明らかにしています。

 

また当時は1年に1回ほどは俳優を辞めたいと思っており、それでも辞めなかった理由を次のようにインタビューで明らかにしています。

 

「進行中の仕事がありましたから留まりました。少しでも自分のお芝居を観てくれる人や、使ってくれる方がいる間は役者を続けようと考えて。役者だけでなく、どんな仕事でも悔しい思いはみんなしているでしょうから、それをどう変換していくかが大事なのだと思います」

 

人知れぬ苦労もあったようですね。

 

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田中圭の学歴~出身中学校の詳細

 

出身中学校:渋谷学園幕張中学校 偏差値75(超難関)

 

 

田中圭さんは小学校卒業後は、千葉市にある共学校の渋谷学園幕張中学校に進学しています。

 

同校は首都圏でも上位の難関中学校で、中学3年生の頃には高校1年生のカリキュラムを勉強するほどです。

 

またこの学校には系列の小学校はないことから、入学するためには一般受験で合格するしかありません。

 

このような学校に一般受験で入学できるほど田中さんは非常に優秀でした。

 

「学歴がすごい」と言われる田中さんですが、超難関の中学校・高校出身だからです。

 

ちなみにトーク番組「A-Studio」に出演した際には、芸能界入りする前に母校のパンフレットのモデルを務めていたことを明らかにしています。

 

 

しかし後述するように小学校時代は「かかと落とし」をさせるほどのスパルタ塾に入って半ば強制的に勉強させられていたことから、自由な校風のこの中学ではあまり勉強をしなくなり、中学1年生の半ば頃から成績が急落したことをテレビ番組で明らかにしています。

 

「半ば強制的に受験勉強させられ入ってしまったこともあり「何!?この学校全然勉強しなくてもかかと落とし来ねえじゃん!」みたいな」

 

中学時代はバスケットボール部に在籍しており、レギュラーとして活躍してます。

 

ただし中学校3年生の時に靭帯のケガ(左右の靭帯を切ってしまった)で1年間バスケットボールができなってしまい、本人によれば「不良と化した」そうです。

 

「ずっとバスケをやっていきたかったんですけど、中3のときに怪我で1年間中断しなくちゃいけなくて、わかりやすく不良と化したんです。ただ、学校帰りにゲームセンターに寄るとかのレベルですけど、成績も落ちこぼれていきましたね」

 

そのため見かねた母親が他にもやりがいを見つけるためにオーディション雑誌に応募して、5000円の小遣いと交換条件にオーディションに出場しています。

 

ちなみにそのオーディションは深田恭子さんの主演映画「死者の学園祭」の相手役を決める「21世紀ムービースターオーディション」でした。

 

 

結果は不合格になったものの、これがきっかけで中学3年生の時に芸能事務所入りしています。

 

「気づいたら、3日間で約1万7000人から20人に絞られた中に残り、そうなると不思議と受かりたいって思うようになり。でも、落ちました(笑)。ただそれがきっかけで今の事務所に。面接の日に、せっかく都心に出るなら帰りに渋谷で遊びたくて友達同伴で行ってびっくりされたのを覚えてます」

 

このオーディションのグランプリの賞金は100万円だったことから、最終選考の頃には賞金がちらついたと語っています。

 

ちなみにこのオーディションでグランプリを獲得して映画で深田恭子さんの相手役を務めたのは、俳優の内田朝陽さんでした。

 

(内田朝陽)

 

なお田中さんは当初は俳優はもちろんのこと、芸能界にはまったく興味がありませんでした。

 

また中学時代は演技のレッスンが中心で、目立った芸能活動はしていません。

 

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田中圭の学歴~出身小学校の詳細

 


 

出身小学校:東京都 中央区立久松小学校

 

 

田中圭さんの出身小学校は、中央区立久松小学校です。

 

家族構成は両親と本人の3人家族です(ひとりっ子)

 

田中さんは幼い時に父親を亡くしており、以降は母ひとり子ひとりの母子家庭に育っていますが、母親が働きに出ていたことから母方の祖父母にも育てられています。

 

 

ただし女手一つで田中さんを育て上げたお母さんは、2018年1月に病気(がん)で他界しています。

 

また亡くなった父親は会社を経営していたので、母子家庭になってからも生活に困るようなことはなかったそうです。

 

小学生の頃はピアノやバイオリン、水泳、公文式などの習い事をしていました。

 

また小学生の頃から運動神経万能でスポーツが得意で、バスケットボールのクラブに在籍して全国大会でも優勝したほどです。

 

そのため当時の夢はプロのバスケットボール選手でした。

 

ちなみにバスケットボールはアメリカのプロバスケットリーグのNBAが好きだった母親の影響ではじめています。

 

「母親がバスケ大好きで、その影響で小学1年生の時にYMCAでバスケを始めたんです。それが唯一ずっと続いた習い事だったんですけど、東京YMCAで全国優勝したりして。小学6年生がスタメンを張る中、僕は4年生の時から1人スタメンだったんです。軽い自慢になっちゃいますけど(笑)」

 

また小学校の頃から勉強がよくできて、小学校では100点以外とったことがなく、「神童」と呼ばれるほどでした。

 

 

また小学生時代にみんなが遊びに熱中しているなか、田中さんだけは隅っこで小説を読んでいたというエピソードも残っています。

 

そのため田中さんは小学校時代はほとんど友達がいなかったそうです。

 

その他には小学校時代からかなりのゲーム好きで、小学校3年生の頃からは麻雀ゲームをはじめるほどです。

 

田中さんは小学校5年生の時に江東区の亀有に引っ越していますが、転校することはなく以降は越境通学をしてこの小学校を卒業しています。

 

ただし亀有に引っ越して以降は電車通学になったことから、ほとんど毎日遅刻しており、遅刻した際に書かされる反省文は800枚くらいになったことをトーク番組「誰だって!波瀾爆笑」に出演した際に明らかにしています。

 

「遅刻すると反省文を1回書かされるっていう先生だったんですけど結局僕マックスで800枚ぐらいまで」

 

ちなみに亀有には20歳の頃まで過ごしています。

 

 

加えて田中さんは小学校5年生のころからスパルタ塾に入り、1日あたり8時間も勉強して東京大学を目指しています。

 

しかもその塾では生徒にかかと落としをするほどでした。

 

「例えばちょっとコクっとか何か聞いてなくて先生が「おい田中今ここ何だ?」聞いてれば分かるけど聞いてなくて答えられない場合は座ってる生徒の上にかかと落とし来るんですよゴンっつって」

 

しかも田中さんはスパルタ塾の超怖いとされる先生からは倉庫に閉じ込められたそうです。

 

「あと1回…すごい怖いって有名な先生がいて1回僕は宿題を忘れたんですよ。ヤッベ忘れたと思って最悪だと思って「何で持ってないんだ」みたいに言われた時に「いやちょっとやったんですけど母親が入れ忘れて」って言ったんですよ。そしたら「お前ちょっと来い」っつってもう倉庫に…ホントにもう書類いっぱいある倉庫に閉められてガチャってしてパ~ン!からのもうバ~ン!からの。「お前やってようがやってまいが親のせいにすんな」みたいなのを」

 

 

以上が田中圭さんの学歴や学生時代のエピソードのまとめとなります。

 

俳優としてデビュー後は下積み生活が長く続きましたが、20代前半からはコンスタントにテレビドラマや映画に起用されています。

 

(ホームレス中学生)

 

以降の活躍は周知のとおりで演技力にも定評があり、多くのドラマや映画に引く手あまたです。

 

さらに34歳になった2018年にはテレビドラマ「おっさんずラブ」で、さらなるブレイクを果たしました。

 

 

ちなみに深夜帯のドラマだったにも関わらずヒットを記録した「おっさんずラブ」は2019年に映画化もされています。

 

 

またこのドラマでブレイク以降は数々のCMにも起用されています。

 

 

俳優としての伸びしろも十分にあるでしょうから、今後のさらなる成長に期待がかかります。

 

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